鬱蒼とした森の中、獣道よりも少しマシな程度の細い道は、崖に突き当たる形で行き止まりとなっていた。
崖には、明らかに人工のものと分かる洞窟の入り口が……2ヶ所。
片方は、崩れかかってはいるもののレンガでしっかりと補強がなされていて、中に続く地面も石畳で舗装されていた。大きさは、人間の大人が余裕で立って歩けるぐらい。
対してもう片方は、子供が屈んで何とか入れるかどうか、という位の小さいもので、丈の長い草に隠れて非常に見つかりにくくなっている。一応レンガで補強されているので人の手で作られたものだと分かるが、そうでなければキツネかタヌキの巣穴にしか見えないだろう。
「う〜ん……ギルドの情報と微妙に違ってる」
「地図だと、入り口が1ヶ所しかないもんね」
訪れる人も無く荒れ果てた遺跡を前に、二人の少女たちが1枚の紙切れを見ながら首をひねる。
「ま、いいか。今から戻ってマスターに確認するのも面倒だし、進もうよ」
「進むのはいいんだけど……サキちゃん、どっちから入るの?」
「そりゃ大きい方でしょ?魔物に遭遇した時に戦いやすいし」
「でも……あの小さな入り口、何となく気になる……」
二人の少女たちは、「トレジャーハンター」だ。
トレジャーハンターとは、遺跡を探索して財宝を入手し、それらを売却することで生計を立てている人たちのことを言う。
1万年の歴史の中で高度に発達し、栄華を極めた文明――魔法都市文明が突如崩壊した後、数百年間続いた戦争と混乱の中で、ほとんどの建造物は破壊され、そのまま放棄された。
機能を停止し誰も住まなくなった都市や建物の中には、数多くの財宝や技術的遺物が手付かずのまま残されている。
復興の途上にある今現在において、それらの品は非常に貴重であり、欲しがる人も多い。
このため、遺跡からそれらのものを持ち帰って売却することが、専門職として成り立っているのだ。
ただし、トレジャーハンターたちは例外なく「ギルド」と呼ばれる組織に所属しており、ギルドが発行する「クエスト」の情報を頼りに遺跡を探索する。持ち帰った財宝を売却するのも、ギルドを仲介して行われる。
遺跡を発見するのは遊牧民や旅人、木こりといった街の外で生活する人達だ。彼らはその場所や道程をギルドに報告し、ギルドがクエストを発行してハンターを派遣、入手品を売却したお金は発見者/ギルド/ハンターで一定比率で分配されるという仕組みだ。
なぜそんな面倒なことをするのか疑問に思っただろうか?遺跡を発見した人がそのまま探索してお宝をゲットして売却すれば、利益は独り占めじゃないか、と。
その理由は……遺跡の中には高い確率で「魔物」と呼ばれる凶暴な生き物が棲んでいて、探索者を襲うからだ。
ギルドに報告してトレジャーハンターに任せた方が、取り分は少なくなるが確実に財宝を入手できるというわけだ。
つまるところ、トレジャーハンターとは探索だけでなく戦闘のエキスパートということでもあり、当然、この二人の少女たちも魔物と戦うための技能を持っている。
青紫のロングヘア、タンクトップとショートパンツの少女――サキは、腰に帯剣していることからも分かる通り、剣士タイプだ。刃渡り50センチ程度の剣を使用した近接攻撃を得意としている。軽装備なのは防御より回避を重視するから。
剣士らしいサバサバした性格だが、決して粗野というわけではない。2人しかいないパーティーではあるが、リーダーのポジションだ。
黄色のセミロング、丈の短い上着とミニスカートの少女――ユーナは、手にした杖と三角帽子から分かる通り、魔法使いタイプだ。周囲の生命力を物理現象に変換する「魔法」と呼ばれる手段で、遠距離からの攻撃を行う。
年齢相応の可愛らしい性格で引っ込み思案だが、火炎系の攻撃魔法を主に使い、ナイフによる近接戦闘もできる。
ただし二人はまだ駆け出しで、力量は未熟だ。挑戦するクエストはレベルが低いものばかりだし、失敗して引き返すことも多かった。
さて、サキとユーナは話し合いの結果、小さな方の入り口から入ることに決めたようだ。
サキ「どっちが先頭?」
ユーナ「それは……サキちゃんで……」
サキ「え〜〜、狭い方って言いだしたのはユーナじゃん。ユーナが先頭」
ユーナ「分かったよぅ……」
火を灯したカンテラを片手に、ユーナは小さな穴の中に潜り込んでいく。
これだけ狭いと剣も魔法も使えない。
サキ「何かいたらすぐに合図して。こんな場所じゃ戦えないから引き返すよ」
ユーナ「はーい」
ユーナに続いて、サキも草をかき分けながら穴の中に潜り込んでいった。
サキ「それにしても……かわいいお尻だね〜」
ユーナ「ちょ、ちょっとサキちゃん!どこ見てるの?!」
ユーナはカンテラを片手に四つん這いの体勢で進んでいるので、スカートの隙間からパンツとお尻が見えてしまっていた。
サキ「だってユーナのお尻しか見えないんだもん。スカートめくっちゃおうかしら?」
ユーナ「きゃぁ!やめてぇ〜」
スカートに向かって伸びてくるサキの魔手を、ユーナはお尻を振ってかわすしかなかった。
周囲に魔物の気配はなく、誰か(もしくは何か)が通った形跡もなかったので、二人はすっかり気が抜けてしまっていたが、先を行くユーナが急に停止した。サキはユーナのお尻に顔をぶつけそうになってしまう。
サキ「どうしたの?」
ユーナ「行き止まりだ……」
サキ「あら残念。引き返すってことでいい?」
ユーナ「待って、これ、多分壊せるよ」
ユーナの行く手を阻んだのは、木の板だった。明らかに人間の手で取り付けられたものだが、長い年月を経てぐずぐずに朽ちてしまっている。
ユーナ「えい!えい!えい〜っ!」
カンテラを床に置き、可愛らしい掛け声と共に両手で力いっぱい板を押すと……。
ばきっ! どんがらがっしゃーん!
……明らかに板が壊れただけではない大きな音が、洞窟に響き渡ったのだった。
サキ「なるほど、細い方の通路はただの抜け穴というか隠し通路で、大きい方の通路に合流してるだけってわけね。木の板で塞いで、更に家具か何かを置いて隠していたのだけれど、ユーナの会心の一撃で両方とも粉々になってしまったと」
ユーナ「ひとをクラッシャーみたいに言わないで〜」
ジト目でユーナを見ながら、サキが呟く。ダンジョン内で不用意に大きな音を立てると、魔物に気付かれて襲われることもあり得るのだ。ユーナは微妙に落ち込んでいた。
二人はレンガ敷きの床に立ち上がって、木屑や埃を払い落した。大きい方の通路は入口から今いる場所まで、曲がり角や分岐も無くまっすぐ延びているだけのようで、うっすらと外の光が届いていた。
サキ「広い通路に出たし、ここまでのマッピングお願い。……単純なダンジョンみたいだから、マップなんて要らない気もするけど」
ユーナ「うん」
ユーナは無地のノートを取り出し、ここまでの道のりをペンで簡単に書き付ける。マッピングは数分で完了した。
マップがあれば自分たちが迷うことが少なくなるだけでなく、他のハンターがその遺跡を攻略することになった際に参考になる。そう高くはないが、ギルドが買い取ってくれるのだ。
サキ「相変わらず可愛らしいマップだね〜。ギルド内でささやかな人気があるらしいよ」
ユーナ「そうなの?聞いたことないけど」
サキ「本人の耳には入らないものだよ。じゃ、先に進もうか」
ユーナ「うん」
広くてまっすぐな通路を、カンテラの明かりを頼りにサキとユーナは並んで進む。洞窟の中に響くのは二人の足音だけだったが、前方を警戒していたサキは暗闇に潜む“何か”に気づいて足を止めた。
サキ「ユーナ!ストップ!」
ユーナ「え?どうしたの?」
サキ「魔物。……スライムね」
二人から3〜4メートル離れた床の上に、真っ黒なドロドロの塊が蠢いていた。
ユーナ「私、スライム嫌い」
サキ「スライムが好きな人なんてそうそういないと思うけど。さて、どうしようかな?戦わずにやり過ごす……ってわけにはいきそうにないね」
『スライム』
動きは遅いが感覚器が発達しており、敵や獲物を察知すると強力な酸性の粘液を撒き散らして攻撃してくるやっかいな魔物。ゲル状の身体には切断や打撃といった直接攻撃が通用しないので、よほど広い場所で遭遇したのでない限り、まずは後退して別のルートを探るべきだ。火と熱に弱いので、爆薬や火炎系魔法を使えば楽に倒すことが出来るだろう。
サキ「ユーナの火炎魔法に頼るまでもないね。私がさくっと倒しちゃうよ♪」
ユーナ「お願いね〜」
サキの得意な武器はもちろん剣なのだが、スライム相手に斬りつけてもダメージを与えられないうえに、酸で刃が溶かされてボロボロになってしまう。そこで彼女がとった方法とは……。
サキ「ユーナ、小型たいまつ使うね」
ユーナ「うん、いいよ」
サキは安物の小型たいまつ(木の枝に布を巻きつけ灯油に浸しただけ、自作)に火を着けて、スライムに投げつけた。
スライムは慌てて逃げようとするが、間に合わない。
ジュッ……
熱に弱いゲル状の体は、たいまつの炎によって、ぐじゅぐじゅの塊になってしまった。もちろん死んでいる。
ユーナ「うぇ……気持ち悪い……」
サキ「仕方ないよ。我慢して進もう」
粘つくタールのような死骸にユーナはあからさまに嫌そうな顔をする。
二人はそれを踏まないように注意しながら、先に進んだ。
通路は、大き目の部屋で行き止まりになっていた。
誰かがここで生活していたのだろう。食器棚とベッド、タルがひとつ置かれている。
サキ「ボロボロになってるけど、立派な家具ばかりね」
ユーナ「お金持ちの貴族が住んでいたのかな?どうしてこんな場所に暮らしていたのかは、分かんないけど」
サキとユーナは一通り部屋の中を調べてみたが、他には何も見つからなかった。
サキ「家具と生活用品だけみたい。金目の物は見当たらないわねぇ」
ユーナ「お皿もカップも高級そうなのばかりだけど、全部コナゴナに割れちゃってる」
……一応クエストの途中なのだけど、これでは家に押し入った盗人の会話である。
サキ「どうする?もう少し探す?」
ユーナ「うーん……どうしよう……今月は出費が多かったから、何かくすねて持って帰りたいな」
サキ「じゃあ、徹底的にやろうか!」
ユーナ「うん!」
二人は家具が壊れるのも構わず乱暴に引き出しを開け、ベッドをずらし、換金できそうな物が無いかと探し回る。
そんな努力(?)の甲斐あってか、どうやら何か見つけたようだった。
サキ「こんなものしか無いみたいね」
ユーナ「売れるのかな、これ?」
サキ「一応銀製みたいだし、売れないことはないでしょ。……二束三文だとは思うけど」
食器棚の引き出しの奥から発見したのは、銀色のフォークとナイフが数本だった。
銀は腐食に強く、魔力を伝達する特性もあるので、一応は希少な金属ということにはなるのだが……所詮は食器。大した値段にはならないだろう。
サキ「レベルの低いクエストだったし、こんなものよ。とっとと帰りましょ」
ユーナ「はぁ……次は宝物が一杯見つかるクエストにチャレンジしたいなぁ……」
サキ「魔物もわんさか出てくるでしょうけどね」
ユーナ「それは嫌……」
愚痴めいた会話を交わしながら、二人は洞窟を出て森の道を歩き始めた。
大したお宝は見つからなかったけど、決して落ち込んだりはしていない。
こんなのは“いつものこと”だからだ。
サキ「さーて、街に戻ったらご飯食べにいこう!」
ユーナ「サキちゃん……あんまり食べないでね。今月、本当に苦しいの……」
サキ「あーあ、たまにはお腹一杯ステーキでも食べたいな〜」
ちなみにフォークとナイフの売値はサキの予想通り二束三文で、昼食代にも満たない額だった。
二人は今回の記念に……と、ナイフを一本だけ売らずに取っておくことにしたのだが、それが何かの役に立つのかは、今のところ分からない。
二人の新米ハンターの冒険は、まだ始まったばかりだった。
おしまい