とれじゃーはんたーず! 第4話 巨大魚を釣り上げろ!?

 当たり前のことだけども、使ってばかりいると貯金はどんどん目減りする。
 異世界から持ち帰った「赤い宝石」を売って得た多額のお金は、3ヵ月後には残り少なくなっていた。

サキ「……ちょっと贅沢し過ぎたかしら」
ユーナ「そろそろ仕事見つけないとまずいよ〜」

 焦った二人は1週間ぐらい前から毎日ギルドに顔を出すようにしていた。
 ギルドでクエストを探すには、マスターや事務員がいるカウンターで直接相談するか、掲示板に貼られたクエスト情報を自分達で見て回る方法がある。
 今日も今日とて掲示板を隅から隅まで調べているが、駆け出しのハンターに手頃なクエストはそう簡単に見つかるものではない。
 乱雑に貼られた変わり映えしないビラを見飽きてきた頃、片隅の奇妙な一枚が目に付いた。

奇妙な張り紙
サキ「何これ?魚がお尋ね者??」
ユーナ「釣り上げて生きたまま引き渡せ……って、最初から買い取り条件が決まってるの?」
サキ「妙なクエストね……」
ユーナ「でもこれ、すごい額だよ!」
サキ「たかが魚に、どうしてこんな高額の報酬を?」
ユーナ「体長90センチ!?大きい!!」
サキ「私たちで釣り上げるのは難しいと思うけど……遺跡も魔物も絡んでなさそうなクエストだから、危険はほとんど無いわね」
二人「…………」

 二人は顔を見合わせて頷くと、クエスト参加の申請をするためにカウンターへと向かったのだった。


 クエストのレベルは特段高くもなかったので、駆け出しの二人にも許可は簡単に下りた。
 ギルドマスターからの情報によると、件の池は林道の近くにあるので、近くに行けばすぐに分かるとのことだった。
 池の水は濁っているが栄養が豊富で、魚も多く生息しているらしい。ただ、周囲がぬかるんでいるので釣りには適さない場所だそうだ。
 ビラに描かれていたような大きな魚についてはマスターも知らなかった。もしそんな巨大な魚がいるのなら、池の「ヌシ」とでも呼ぶべきだと苦笑いしていた。

釣りの準備万端?!
サキ「到着〜」
ユーナ「はぁ…はあ…疲れた…思ったより重かったよ〜」

 翌日の昼過ぎ、準備を整えた二人は、指定された池のそばに到着した。ギルドの情報の通り、一帯は湿原になっていて、背の高い草が密集して生えている。地面はぬかるんでいて、足場は悪そうだった。
 水の入ったバケツを両手で提げているユーナは、息を切らしていた。魚を釣り上げた時のことを考えて用意したのだが、どうせなら綺麗な水を…と泉で水を汲んで運んだのが失敗だった。

サキ「ごめんね。帰りは私が持つから」
ユーナ「よろしく〜」

 サキは安物の竹竿と釣糸,釣針を持っている。街には釣具専門店が無かったので、必要だと思う物を雑貨屋で適当に用意しただけに過ぎなかった。

まるで釣り堀!
サキ「うわ……すごい人混み」
ユーナ「おいしいクエストだったからねー。そりゃこうなるよねぇ」

 到着した二人の目に入ったのは、整備もされてない池でたくさんのハンター達が釣糸を垂らしているという異様な光景だった。片側の岸に集まっているのは、池を回る道が無いからだろう。

サキ「どうする?ここで釣る?これだけ人が多いと魚も逃げちゃうような気がするけど」
ユーナ「疲れたからもう動きたくないけど……確かにこの人混みは良くないね……」

 まさか場所取りで悩むことになるとは……ため息をついて、二人は考え込んでしまうのだった。

サキ「うーん……向こう岸まで移動するのは無理だけど、できるだけ人混みから離れようか」
ユーナ「そうだね。もうちょっとだけ、がんばってみる……」

 向こう岸には誰もいないのだけれど、低木が張り出していて釣りをするような場所ではなかった。
 とはいえ人混みの中で釣りをすると、水面に映った人影で魚が逃げ出すかもしれないし、釣り針が隣の人に引っかかったり釣り竿が当たってしまうかもしれない。いや、それどころか、釣った魚を横取りされる可能性も考えられた(隣にいるのは貪欲なトレジャーハンターで、気のいい釣り人ではないのだ)。
 なので二人は“できるだけ人混みから距離をとる”ことにしたのだった。

 池を見回してみると、少し離れてはいるが、木が生えていない一角があるのが分かった。
 二人はそこを目指すことにして、いったん池から離れる。
 人がまったく訪れないので、道どころか踏み固められた場所すらない。
 草が生い茂ったぬかるみを用心しながら歩いていると、ユーナが急に立ち止まった。

サキ「どうしたの?しんどいなら、ここで休憩する?座れそうにはないけど……」
ユーナ「……魔力を感じる」
サキ「はぁ!?こんな所で?」
ユーナ「調査しなきゃ。近くに遺跡があったら危険だよ」
サキ「面倒なことになったわねぇ」

 遺跡があれば魔物がいる。そんな危険な場所でのんきに釣りをするわけにはいかない。
 バケツと釣り竿を地面に置いた二人は、ユーナの感覚を頼りに、魔力の出所を探し始めた。
 魔物に襲われるのを警戒して、武器を構えて草の中を進んでいると、ほどなく“それ”は見つかった。

 人間の頭ぐらいの大きさの、透明な青い球体が土に半分ぐらい埋まっていたのだった。

結界石
ユーナ「これは……結界石!」
サキ「ってことは、やっぱりこの辺に遺跡があるってこと?」
ユーナ「違うと思う。遺跡の一部にしては、周囲に何もないし……それに、埋めた跡が新しい」
サキ「え?!誰かが池のそばに結界を張ろうとしてるの?」
ユーナ「そういうことになっちゃうね……」

『結界石(けっかいせき)』
 大規模魔法を使用するには広域の結界を張る必要がある。その際、魔力の不足を補うために要所に設置される石を結界石と呼んでおり、石そのものに魔力を蓄えていたり、周囲から吸収する働きをする。適切な場所に配置すれば、術者の指示で魔力を結界の隅々まで行き渡らせることができるが、場所や大きさを間違えると、効果は全く期待できない。

ユーナ「こんな場所に結界を張るなんて絶対おかしい。今のうちに移動させて無効化したほうがいいよ」
サキ「さすがにどかすのはまずいんじゃない?クエスト攻略のために置いたのかもしれないし」
ユーナ「魚を捕獲するための大規模魔法って……一体どんな魔法だって言うの?」
サキ「えぇと……池の水を沸騰させて干上がらせるとか」
ユーナ「すっごい危険な魔法だし、それじゃ魚も死んじゃうよ〜」

 不審な石に触りたくないと主張するサキと、石をこのままにしておいて発動する魔法の方が危険だと言い張るユーナ。
 草の中の奇妙な石を前にして、珍しく二人の意見は分かれているようだった。
 とはいえ、決めるのに時間をかけるわけにもいかない。今この瞬間にも魔法が発動するかもしれないからだ。
 数分間話し合った後、石は取り除くことに決めたようだ。

サキ「よいしょ……意外と重いわね、これ」
ユーナ「うんしょ……できれば池に捨てたいんだけど……」
サキ「それは無理よ。こんな重いものをずっと運んでたら腰を痛めるわ」
ユーナ「じゃあこの辺でいいよ〜。とりあえず移動させれば結界は発動しないから」

 1mぐらい離れた場所に、二人は石を置いた。
 念のため、ユーナが周囲の魔力を探り、サキは何か潜んでいないかと草むらをかき分ける。

ユーナ「あの結界石の他には、魔力の反応は無い……と思う」
サキ「魔物も人影も無いみたいだけど……私たち以外に足跡が見当たらないのはおかしいわ。一体どうやってあの重い石を運んだのかしら?」
二人「…………」

 奇妙な内容のクエストに、不審な結界石。嫌な予感がするが、ここまで来て何もせずに引き返すのも勿体ない。
 予想外の労働に時間と体力を使ってしまったが、結界石は移動させて無効にしたはずなので、魚釣りクエストにチャレンジすることにした。
 目当ての場所に着くと、サキは釣りの準備を始める。ユーナはバケツを運ぶのに疲れていたので休憩ということになった。

サキ「さぁ!釣るわよ〜♪」
ユーナ「上手くいくかなぁ……」

 サキはノリノリで釣り竿に釣り糸を付けているが、ユーナは少し不安そうだ。

釣り針に引っ掛かって……

サキ「そーれっ!…………あれ?」

 サキは池に向かって釣り竿を振ったが、釣り針が何かに引っ掛かってしまったみたいだ。

ユーナ「きゃぁぁ!」

 その“何か”とは……後ろで見ていたユーナのスカートだった。
 釣り糸に引っ張られて、大きくめくれ上がってしまっている。

サキ「ありゃりゃ、ごめんごめん」
ユーナ「もぅ……サキちゃん……ちょ、ちょっと!引っ張っちゃダメ!」

 近くに人がいなかったのは幸いだが、悲鳴を聞いた対岸のハンター達が一斉に注目したので、ユーナのパンツは彼らに丸見えになってしまったのだった。

 さて、二人はそれからも何度か池に釣り針を投げ込んだが、何も釣れない。
 対岸の人たちは、巨大魚ではないにせよ何かしらの魚は釣り上げているようなので、池の中に魚が居ないということではなさそうだ。

ユーナ「ねぇ、サキちゃん」
サキ「ん?」
ユーナ「何か間違ってる気がするんだけど……」
サキ「え?どういうこと?」
ユーナ「えっと……仕掛け、池の底まで沈んでるよね……」
サキ「そうね……あ、底まで沈んだら魚が食いつかないか」
ユーナ「途中で浮くようにしなきゃいけないんじゃないかな?」
サキ「確かにそうね。でも、どうやってやるのか全然思いつかないわ……一旦引き上げようか」
ユーナ「うん」

 サキが仕掛けを引き上げた時だった。

??「フハハハハハ……愚かな人間どもよ!」

 甲高くしわがれた、およそ生物とはかけ離れた機械的な声が唐突に響き渡った。

魔道師登場
 いつの間に出現したのか、漆黒のローブを纏った“人ではないモノ”が、池の中央に浮遊していた。
 フードの中は暗闇に沈んで全く見えない。二つの眼が異様な光を放っているのみだ。

ユーナ「ま、魔物!?」
サキ「遺跡は無かったはずなのに!」

 サキとユーナは反射的に武器を構えようとするが、剣も杖も手元には無い。一瞬混乱したものの、釣りをするのに邪魔だからと少し離れた木に立てかけて置いたことを思い出し、慌てて取りに走る。
 対岸のトレジャーハンター達もひどく動揺している。まさか魔物が現れるとは思っていたなかったのか、武器を用意していない者も多かった。

??「ガセネタに釣られて大量に集まってくれたわ!貴様らの生命、我が魔法の糧にしてくれよう!」

サキ「あいつ、魔道師よ!」
ユーナ「この状況で魔法を使われるとヤバいよ〜」

『魔道師』
 高度な知能を持ち、魔法を使う魔物の総称。姿形は様々な報告がある。人語を操るものが多く、複数で連れ立って動いているケースが多いようだが詳細は不明。大規模魔法を使用することもあるため、相当な強敵と認識すべき。自分が傷つくのを嫌い、少しでも不利と分かると撤退するケースが多いため、最初から全力で戦った方が被害を最小限にできるだろう。

魔法の失敗
魔道師「アウシュベツリゲン……テフレベルシァ……コリアマスデレ……」

 呪文を唱える魔道師の眼の光が、徐々に暗い青へと変わってゆく。
 池の周囲に青く細い光が張り巡らされ、禍々しい何かを起動させたように明滅した。
 しかし……青い光はすぐに消えてしまった。

魔道師「あ、あれ……?」

 想定外だったらしく、魔道師はあからさまにうろたえている。

サキ「あらら、どうやら不発っぽいわね」
ユーナ「そっか!私たちが結界石をどかしたから、結界が発動しなかったんだよ〜」

 池の周囲のハンターたちに安堵の表情が広がるが、すぐに怒りが取って代わった。

「よくも騙しやがったな!」
「ギルドにガセ流すたぁいい度胸だ!」
「ここで落とし前つけてもらおうじゃねえか!!」

 剣や槍では、池の中央に浮遊している魔道師まで届かないので、弓矢や投擲武器を得意とするレンジャータイプやシーフタイプのハンターが前に出て狙いを定める。
 同時に、魔法使いタイプのハンター達が呪文詠唱を始めた。

魔道師「くっ!ここは一時撤退だ!」

 自分の魔法が不発に終わり、多数のハンター達に狙われた魔道師は、不利と判断して撤退することにしたようだ。ハンター達がいる岸とは逆方向に、滑るように移動する。
 しかし、そこに待ち受けていたのは……。

怒りに燃えるサキとユーナw
サキ「よくもだましてくれたわね!!」

ユーナ「絶対許さないんだから!!!」

 ……怒りに燃えるサキとユーナだった。

魔道師「うわぁぁっ!!!」

 魔道師は急停止してサキの剣をかろうじてかわしたが、続くユーナの渾身の火炎魔法はクリティカルヒットだった。
 全身黒こげ……ほどのダメージはなかったが、大火傷を負って池の中に落下したのだった。


 巨大魚の代わりに瀕死の魔導師を捕獲してギルドに戻ったサキとユーナだが、当然ながらそれで報奨金をもらえるわけがない。文句を言おうにも依頼者は行方不明となっていた。
 クエストそのものはよくある“失敗”ということになるのだが、後処理は大変だった。
 「掲示されたクエストがガセネタで、しかも魔物の罠だった」とトレジャーハンター達がギルドに責任を追及する事態となり、結果、少ないながらも賠償金が支払われることになった。
 サキとユーナは、賠償金の他にも“犯人の一味”である魔道師を倒して引き渡したということでギルドからささやかな報奨金をもらった(ハンターなら魔物を倒して当然なので、本当にささやかな金額だった……)。

サキ「ちょっとは潤ったけど……」
ユーナ「のんびり生活するには全然足りないよ〜」

 ということで、今日も今日とて二人は楽で実入りの良いクエストを探して、ギルドに顔を出すのだった。

おしまい

 ……サキとユーナのささやかな冒険物語としては、ここで確かに“おしまい”だ。
 しかし、今回のお話がギルドの関係者に与えた影響について語っておく必要はあるだろう。

 これまで、魔物というのは遺跡に住み着いて人間を襲うだけの存在と思われていて、街の中――人間社会に入り込んでくることは無かったし、ましてや「ギルドに嘘の情報を提供して、集まってきた人間を皆殺しにする」などどいう組織的で狡猾なことをするということはあり得ないことだった。
 容疑者であり証人でもあった魔道師が、何も口を割らずに死んでしまったので、事件の全容を解明するのは不可能になってしまった。

 今回の事案を受けて、ギルドは持ち込まれる情報をチェックして、怪しい情報に対してはクエストを発行せず、掲示板にも載せないことにした。
 これまでクエストにチャレンジすることについてはトレジャーハンターの自己責任という考えで、情報が間違っていたとしてもギルドは責任を取らないし、出所が怪しくてもクエストは一応発行していたので、この対応は関係者をひどく驚かせた。

 街の警備は強化され、出入りも厳しくなった。
 今回の話は尾ひれ背びれが付いて街の人達の噂になり、日々の生活に一抹の不安を覚えることになるのだった。
 

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