当たり前のことだけども、稼がないで使ってばかりだと貯金はいつかは無くなってしまう。
異世界で入手した赤い宝石を売って手にしたお金は、半年後にはもうほとんど底をついていた。
サキとユーナは毎日ギルドに顔を出し、掲示板を調べたりマスターと話をしたりしてはいるのだが……
サキ「う〜ん、やっぱり実入りのいい仕事はほとんど取られちゃってるわね……」
ユーナ「ていうか、仕事の数がすっごく減ってるよ〜」
先だっての巨大魚事件の後、持ち込まれる情報の内容をギルドが厳しく審査するようになり、掲示されるクエストが激減しているのだ。
その結果、ベテランのハンター達でもクエストを奪い合う状況となっていて、サキやユーナのような駆け出しがチャレンジできるものは全く見当たらなかった。
ユーナ「こうなったら、バイトでもしないと貯金が無くなっちゃう」
サキ「うぅ、あまり気が進まないなぁ……」
ギルドの掲示板には、基本的にトレジャーハンター向けの危険を伴うクエストや依頼が貼られている。
しかし、中には単純労働をして時間あたりの賃金をもらう――いわゆるアルバイトの求人情報もある。
退屈な仕事ばかりで実入りも少なく不人気なのだが、それゆえに初心者にも応募できそうな案件が残っているかもしれない。
二人はしぶしぶという感じで、アルバイトの求人が掲示されている一角へと向かった。
ユーナは、目に付く依頼や求人を次々とサキに見せるのだが、サキは乗り気では無い様子だった。
ユーナが提案する仕事を、サキは次々と切って捨てる。
さすがのユーナも堪忍袋の緒が切れて、サキに詰め寄った。
ユーナ「……ねえ、サキちゃん」
サキ「な、何?」
ユーナ「どんなバイトならいいの?」
サキ「え、えっと……」
困ったサキはユーナから目線を外して掲示板を一瞥する。
すると、一枚のビラが目に留まった。
サキ「あ、これなんてどう?『新魔法の被験者 1回10000G』」
ユーナ「……サキちゃんが持ってくる仕事って、一攫千金ばかりだよね……」
サキ「だって、真面目に働くのなんて性に合わないんだもん」
言うまでもないことだが、トレジャーハンターという仕事はハイリスクハイリターンであり、そんな仕事をしている人達は、地道な労働を嫌っている。
サキのような性格が普通で、ユーナのように堅実な方が少数派なのだ。
ユーナ「う〜ん……報酬が高すぎるのが不安だけど……まぁいっか、そのバイトにしよう」
サキ「オッケー、決まりね!」
二人はギルドのカウンターで手続きを済ませると、指定された場所へと向かった。
街外れの小さな空き地に建てられた研究所は、古くて安普請だった。看板は傾いていて、見るからにあやしい雰囲気だ。
「ア・ヤシイ研究所に、よくぞ来られた!」
禿頭で白い髭の老人が、妙に勢い良く二人を招き入れる。
ちなみに、新魔法の実験は99.9%失敗する。
連綿と続く魔法の系譜に新しい要素を加えるのは、物凄く困難なのだ。
それゆえ、万一成功すれば、ギルドや魔法学会、国などから莫大な報酬を得ることができる。
「さあ!3つの魔法薬の中から一つ選ぶのじゃ!」
老人が指し示した机の上には、別々の容器に入れられた薬が置かれていた。
サキは興味津々で薬を眺めている。放っておいたら3つとも飲んでしまいそうなほど楽しそうだった。
対して、ユーナはあからさまに警戒している。
魔法薬のような、体内に直接取り入れるものは、影響が特に大きいからだった。
仕事として来た以上、どれかを試さなくてはならない。
サキとユーナが選んだのは……。
サキ「酒瓶の薬いってみようか♪」
ユーナ「サキちゃんにしては、まともな選択だね〜。私もこれがマシだと思う」
魔法薬で微発泡というのは意味が無いし、貴重な薬を入れるのにワイングラスは不安定すぎる。
もっとも、見た目がまともというだけなので、酒瓶の薬に危険が無いとは限らないのだが……。
ぽんっ!
サキが瓶のコルク栓を開けた途端に、クラクラするような強烈な臭いが部屋に広がる。
ユーナは鼻をつまんで部屋の隅に避難したが、サキは臭気を吸い込んで瓶を片手に目を回してしまった。
安普請な建物は隙間だらけだったので臭いは外に広がり、付近の住民の通報で警備隊が駆けつける騒動に発展したのだった。
ユーナ「せめて、まともに飲める薬を作ってよ!アルバイトにならないよ〜」
息を止めて何とか瓶に栓をしたユーナが一喝。老人は「めんご、めんご」と謝りはしたけど、反省した様子は全く無かったのだった……。
結局、薬を全く飲まないまま最初のアルバイトは終了した。
ユーナの強気の交渉で給料は半額ゲットしたものの、目標金額には程遠い。すぐに次のバイト探しに取り掛かる必要があった。
しかし、一度ひどい目に遭ったサキはバイトを探すのに全然乗り気じゃなかった。
ユーナに促されてギルドの掲示板を眺めてはいるけど、目が完全に死んでいる。
「メイド急募!!」
相変わらずぱっとしない貼り紙の中で、可愛らしい女の子が描かれた一枚が二人の目に留まった。
いくらバイトを募集する掲示板とはいえ、ここはトレジャーハンターが集うギルドの中だ。女性……というより少女限定のメイド求人は完全に浮いていた
サキ&ユーナ「こ、これは!?」
メイドの仕事とは思えない高待遇、しかも年齢制限ありという怪しいことこの上ない求人だが、お金に目がくらんだユーナは細かい注意書きを読みもせずに物凄い素早さで掲示板からビラを剥がすと、ギルドマスターに応募の旨を伝える。疲れが残っているサキは、慌ててユーナの後を追った。
ギルドを通しての応募の結果は即採用。翌日からの勤務となった。
仕事場は、街外れの丘に建つ大きな屋敷だった。特徴的な外観から街の住人には「うろこの館」と呼ばれており、くすんだ深緑色は近寄り難い雰囲気を醸し出している。
今の主は相場取り引きで財を成した陰気な人物で、奥様も気難しい方との噂だった。
殺人事件でも起こりそうなシチュエーションに嫌な予感しかしないが、トレジャーハンターの二人は臆することなく屋敷の中へと入っていった。
物置となっている小部屋で、支給されたメイド服に着替える。
胸元にリボンをあしらったメイド服は、家事手伝いの仕事には可愛らしすぎるような気がした。水仕事の邪魔になるのでミニスカートなのは良いとしても、短すぎて動き回るだけでパンツが見えてしまいそうだ。
「使い慣れた武器を持ち込むこと」の指示に従って、サキは剣を腰に下げ、ユーナは魔法の杖を持っているが、ヒラヒラしたメイド服と全然似合っていない。
武装したメイドさんという奇妙な格好で広々としたロビーに入ると、雇い主である奥様が階段の前で待っていた。
「「うろこの館」にようこそ……実は、私共は一つ問題を抱えているのです。家事手伝いと合わせて、その解決もお願いしたい」
奥様の申し出にユーナは嫌そうな表情になるが、サキは「さもありなん」という感じで肩をすくめただけだった。
「屋敷には大きな地下室があります。ずっと使っていなかったのですが、数日前に不要になった家具を収納しようと扉を開けると……中が魔物の巣窟になってしまっていたのです」
サキ「……その魔物って、どんな姿をしてるの?」
サキが不審そうに尋ねる。
魔物というのは、地下室のような閉鎖的な場所に、特に理由もなく発生したりはしないのだ。
「……一度見て頂ければ分かると思います。手を出さなければ襲ってくることもありませんので……」
奥様の案内で、サキとユーナは件の地下室へと向かうことになった。
サキ(雰囲気悪いわねぇ)
ユーナ「…………」
地下へと階段を下りながら、サキはそう思ったがもちろん口には出さない。
ユーナも無言で、険しい表情をしていた。
「こちらが地下室です……」
階段の突き当りに大きな扉があった。
扉に掛けられた鍵の他にも、鎖で扉を縛って南京錠を掛けてある。まるで何かを封印しているような仰々しさだ。
奥様がガチャガチャという大きな音を立てて解錠し、扉を開けると……
サキ「うわぁ……」
ユーナ「キャアァァァァ!!」
地下室の床も壁も天井も、ムカデやゴキブリといった無数の小さな蟲で埋め尽くされ、カサカサと蠢いていた。
身の毛もよだつような光景にサキは眉をひそめて苦笑いを浮かべただけだったが、ユーナは年頃の女の子らしく悲鳴を上げたのだった。
いったんロビーに戻って対応を話し合うことにしたのだけれど、恐怖と嫌悪と羞恥からユーナは錯乱状態になっていた。地下室に大量発生した蟲が本当に「魔物」なのかということも検討しなければならないのだが、どうでもよくなってしまっている。
ユーナ「燃やそう……全て燃やし尽くそう……」
サキ「ちょっと!ダメよユーナ!」
ユーナの火炎魔法は非常に強力なので、地下室が使い物にならなくなるだけでなく、地上にも影響する可能性があった。
サキは慌ててユーナを止めたのだが……
「……いいですよ?」
サキ「ええっ!?」
奥様は表情一つ変えずにそう言い放った。
「あの地下室は廃品置き場として使うつもりですので、汚れたり焦げたりしてもかまいません。床と壁は石なので燃えることもないでしょう。地上は荒れた裏庭ですので気にしなくていいです。……そもそも蟲を何とかしないと立ち入ることが出来ませんので、焼き殺すことで解決する可能性があるなら、そうして下さい」
サキ「そう言うなら……」
ユーナ「ふふふ、決まりだね〜」
妖しく笑うユーナの一言で、とりあえず火炎魔法で蟲を焼き尽くすことになった。
食事と休憩を取った後で、三人は再び地下室へと向かった。
奥様が扉を開けるとすぐに、杖を構えたユーナが一歩前に出る。
見た目はメイド服を着た可愛らしい女の子だが、一応はハンター。魔物(たぶん)を前に何度も悲鳴を上げたりはしない。
ユーナ「炎よ!!『走れ』!!!」
ゴォォォ……ッ!!
『火走り』
「火球」と並ぶ火炎魔法の基本。地面や壁に炎の筋を走らせることで敵を攻撃する。本来、威力はさほどでもないのだが、火炎魔法に適性がある上に制御が不完全なユーナが使うと、文字通り「辺り一面火の海」となってしまう。
地下室の入り口からユーナが叩き込んだ火炎魔法は、中を一面火の海にした。数が多いとはいえ所詮は蟲、一瞬で焼き殺されてしまう。
……というか、蟲の生命力を吸い取って炎にしているので、発動した時点で全滅は確定的だった。
サキ「ふぅ、やっと片付いたわ」
ユーナ「当分、虫は見たくもないよ……」
「しばらく様子を見ましょう」
魔法が発動したのを見届けると、中を確認することもなく扉を閉めて、3人は地下室を後にした。
地下室の奥の壁に、蟲をかたどったレリーフがあった。
小さいものではあるが「遺構」であり、蟲の魔物を次々と生み出す機能がある。
はるか昔にこの部屋が造られた時から、ずっと淡く光りながら作動していたのだが、誰も気づくことはなかった。
ユーナが放った火炎魔法でそれが壊れて停止したことも、誰も気づかなかったのだった。
数日後……
ユーナ「サキちゃん、このバイトなんてどうかな〜?」
サキ「ええっ!?まだやるの!?」
二人が暮らす小さな家での昼下がり、ユーナがギルドから持ち帰ったバイト募集のチラシをサキに見せると、驚いたサキは飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
例の地下室から蟲が大量発生することはなくなり、かなりの額の給料をもらったのだが、所詮はアルバイト、遊んで暮らすことが出来るほどではない。
奥様からは「今度はこんなトラブルが……」と早速次の依頼をもらっていたりもする。
だが、二人がアルバイトを続けることは無かった。
ハンターたちがこぞって挑戦するほどの大規模なクエストが、ギルドに舞い込んできたのである。
おしまい