とれじゃーはんたーず! 第8話 夏だ!海だ!バカンスだ!

 サキとユーナが拠点にしている街は常春の気候で、一年を通して比較的快適に過ごすことができる。
 しかし、一応四季はあるので、冬は寒く、そして夏は――暑い。


サキ「あっつ〜〜〜い!今年の夏は猛暑だわ!酷暑だわ!!ユーナ、もっと氷出せないの?」
ユーナ「あのねサキちゃん、私が水系の魔法は苦手なの知ってるよね?こんなに気温が高いのに、ポンポン氷を作り出すとか無理だよ〜」

 あまりの暑さに、クエストや冒険に挑戦するのはおろか、ギルドに顔を出すのも面倒になって部屋でゴロゴロしていたサキとユーナだが、強烈な日差しが照りつける外よりはマシとはいえ、涼を取るのは簡単ではない。
 窓を開けても生ぬるい風が時折吹くだけで、魔法で出した氷もすぐに溶けてしまう。

サキ「これじゃダメだわ!せっかくの夏休みなのに何もしてない!」
ユーナ「えー……動いたら暑くなるだけだよ〜。夜になると少しマシになるから、それまで昼寝でも……zzz……」

 トレジャーハンターに夏休みがあるわけではないのだが、基本的に夏は開店休業だ。
 木々や草が繁茂するので探索には不利だし、食料や水も傷みやすい。害虫は多いし、熱中症のリスクもある。
 金持ちハンターは高地や海岸といった避暑地の別荘で過ごすのだが、その日暮らしの二人は、家の中でゴロゴロして暑さをやり過ごすのが定番だった。

 しかし、サキは今年こそ短期間でもバカンスでリフレッシュしたかった。
 もともと部屋に籠っているのが嫌いというのもあるが、先だっての魔法都市遺跡の失敗のせいで二人の間はギスギスしていて、どうにも雰囲気が悪い。
 このまま手を打たないでいると、秋になってからの活動にも支障が出かねない。気持ちを切り替えるべきだ。

サキ「決めたわ!明日から海に行くわよ!!」
ユーナ「えぇ!?そんなお金あったっけ……?」
サキ「お金がなくても行くの!」
ユーナ「うぅ〜〜ん、そうだね……家でゴロゴロしててもお金は減るんだし、たまには、いっか」
サキ「オッケー!そうと決まればさっそく準備よ!」
ユーナ「うん!」

 ユーナの気が変わらないうちに事を進めてしまおうと準備に取り掛かるサキだったが、お互いの“準備”が全く異なっていたことに、現地に着いてから気づくことになるのだった。

 街から海岸までは乗合馬車で2時間程度だ。朝一番の馬車に乗って昼前に到着すると、サキは「はいこれ」とユーナに2枚の布を手渡した。

ユーナ「サキちゃん……何これ……?」
サキ「何って、水着だけど?周りに人がいるから、素っ裸で泳ぐのはマズいでしょ」
ユーナ「え?泳ぐの?私てっきり、砂浜に座って海風で涼むだけかと……」
サキ「何言ってるのよ!海にきたら泳ぐに決まってるでしょ!」
ユーナ「分かったよぅ……って、これ着て泳ぐの!?布地が少なすぎて、下着と変わんないよ〜」
サキ「さあ、さっさと着替えるわよ!」

 妙にテンションが高いサキは、ユーナの手を引いて木陰に連れ込む。二人とも水着に着替えると、荷物はその場に置いて砂浜に足を踏み入れた。


サキ「来たわよ!海!!海水浴の準備も万端オッケー!!!」
ユーナ「この服、布地が少なすぎて恥ずかしいよぅ」

 青い空に輝く太陽――
 白い砂浜と蒼い海――

 やりたいことはたくさんあるけど、まず最初に、

サキ「さっそく泳ぐわよ!!!」
ユーナ「ま、まってよ〜」

 サキは海に向かってダッシュで突撃し、ユーナはその後を追った。

サキ「ひゃっほぅーーーーい!!!!」

 サキは準備運動も無しで、勢いよくジャンプして海に飛び込む。
 続いて海に入ったユーナは……

ユーナ「ひゃっ!?つ、冷たっ!」

 海水の冷たさに、一度浸した足をすぐに引き戻してしまった。

サキ「どうしたのよユーナ、早くこっち来てよ」
ユーナ「水が冷たすぎて……こんな冷たい水の中にいきなり入ったら、心臓止まっちゃうよ」

サキ「あはははは!こんなのは勢いよ、そーれ!」

    

バシャバシャバシャ!

 サキがユーナに水をかけると、ユーナは

ユーナ「ち、ちょっと、やめてよ〜〜」

 嫌がりながらも、暑さを忘れさせてくれる冷たい海水に、満更でもない様子だった。

 二人で海水浴を楽しんでいると、時間の過ぎるのは早い。太陽はどんどん高くなり、正午近くになった。
 そろそろ昼食を……と思ったユーナは、海から砂浜に上がると、サキに声をかけた。

ユーナ「サキちゃん、お昼は持ってきた保存食でいいよね?」
サキ「はぁ!?せっかく遊びに来たのにそんなマズいもの食べないわ。昼食は現地調達よ!」
ユーナ「えぇっ?!お、お魚でも獲るの??」
サキ「違うわよ!……あそこで買うの」

 サキが指さした方向には5,6軒の露店があり、調理をしているのか煙が上がっている。休憩所として大きなテントまで設置されていた。
 お昼時ということもあり、結構な数の人達が水着のまま買い食いしているのが見て取れた。

ユーナ「……え、えっと……私、ちょっと疲れちゃって……」
サキ「そう?分かったわ!私が買ってくるから、ここで待ってて!」

 サキは熱い砂浜を裸足で駆け出す。その姿を見送ったユーナは、波打ち際に座り込むと溜息をついた。

ユーナ(つ、ついていけないよ〜〜〜)

 ここ最近大きな戦争こそないが、今は復興の混乱期だ。
 魔物や遺跡を抜きにしても、ひとたび街の外に出れば野生動物や強盗といった危険と隣り合わせになる。
 サキとユーナが海水浴をしている海も、少し外洋に出れば肉食の魚や毒を持ったクラゲなどが普通に生息している。
 安全が保障されているわけでもない砂浜で、大勢の人たちが武器も持たずに露出の多い水着で海水浴を楽しんでいるのは、ユーナの感覚では、あり得ない光景だった。


サキ「買って来たわよー!!」

 戻ってきたサキは両手いっぱいに食べ物と飲み物を持っていた。
 大きな肉の串焼きと、焼いたトウモロコシ。そして冷たいフルーツジュース。

サキ「はいこれ、ユーナの分」
ユーナ「あ、ありがと……」

 次々と差し出された品物を受け取ったユーナが、フルーツジュースの入った素焼きのカップを手にした途端に驚きで目を見開いた。
 冷たいカップの表面には水滴が付いていて、中には氷が浮いている。
 肉やトウモロコシは火を起こして焼けば調理できるだろうが、真夏の炎天下でジュースを冷やしたり氷を用意するのは簡単ではないはずだ。
 そう、普通のやり方では……。

ユーナ「サキちゃん、このジュース……」
サキ「え?ああ……魔法でしょ?もう、カタいこと言わないでよ」

 最新の研究成果で、杖や護符などのアーティファクト無しでも簡単な魔法を使う方法が開発されたのだが、現時点では効率が悪いうえに使用者の負担も大きい。
 知識や技術が不要で、誰でも手軽に使えるのでちょっとした流行になった結果、事故も増えている。海水浴客向けに大量の氷を安易に魔法で生成したのなら、相当の人数がひどい頭痛に苦しんでいるだろう。
 ユーナのような戒律に従うきちんとした“魔法使い”達は、こういった魔法の扱い方を厳しく制限しているが、一般人に流行ってしまっているのではどうしようもない。

ユーナ「あ、これ、おいしい」
サキ「でしょ?濃い味付けで誤魔化してるんだけど、こういう所で食べると美味しいわよね」

 まぁ作る過程に多少問題はあるかもしれないが、きちんとお金は払っているのだから楽しめばいいのだ。
 砂浜の木陰で食事を終えると、暑さから逃れるために海に入る。
 そして泳ぎ疲れると再び木陰で一休み。

 海に入ったり砂浜でぼーっとしたりを繰り返して、のんびりした時間を過ごす。
 強烈な日差しが少し和らいだのにユーナが気づいた時、太陽は西に随分傾いていた。

ユーナ「サキちゃん、そろそろ帰り支度しないと。最終の馬車が出ちゃうよ」
サキ「はぁ?何言ってんの、一泊して明日も泳ぐわよ」
ユーナ「ええっ!?野営の準備なんてしてないよ!」
サキ「せっかく遊びに来てるのに野営なんてしないわ。あそこに泊まるの」

 サキが指さした方向には、一軒のコテージがあった。

ユーナ「食事はどうするの?保存食じゃ足りないと思うけど……」
サキ「そんなマズいもの食べないわよ。他の宿泊者と一緒のバーベキュー・パーティーに参加するわ」
ユーナ「ば、ばーべきゅー??」
サキ「大きな鉄板で、肉とか魚介とか野菜とかをガンガン焼いて食べるの!美味しいわよ!」
ユーナ「それは確かに美味しそうだけど……手持ちのお金、足りるかな……」
サキ「格安にできるから問題ないわ。……ちょっと訳アリだけどね♪」
ユーナ「…………??」

 意味ありげなサキのウインクに、ユーナは首を傾げるだけだった。

 子供二人という怪しい客ではあったが、コテージには普通にチェックインできた。
 近くの湧き水で海水のべたつきを洗い流す。

ユーナ「サキちゃん、着替えはコテージの中でするの?」
サキ「着替えないわよ?服装が水着指定になってるから、このまま参加よ」
ユーナ「えぇ?水着でパーティー??」

 水着とは水中で着るためのものではないのか?

ユーナ(どうして水着なの?着替えないでいいのは楽だけど、油や火の粉が飛んで来たら火傷しそう……)

 サキとユーナが会場となっている夕暮れの海辺に到着した時には、既に準備は整っていて、大きな炭火のコンロに火がつけられ、飲み物や食材が次々と運び込まれていた。
 水着での参加が条件となっている理由は、パーティーが始まってすぐに明らかになる。

「素敵な海辺の夕日と、素敵な出会いに、かんぱーーーい!」
「「「かんぱーーーーい!!」」」
ユーナ「か、かんぱ〜〜い……ってサキちゃん、これ、おさ……」
サキ「苦手だったら半分ぐらい飲んだ後で、ジュースに替えてもらえばいいわ」

 半分どころか二口ぐらい飲んだだけでユーナは目を回してしまい。早々にジュースの入ったグラスに替えてもらうことになった。
 パーティーに参加していたのは大半が若い男女なのだが、男性が女性に積極的に声をかけていて、態度が妙に馴れ馴れしい。
 女性の方もまんざらでもないようで、お互い手を握ったり、抱き合ったりしている光景もあちこちで見られた。


「ねえキミ、可愛いね。どこから来たの?」
ユーナ「はわわわわ……ええと、「森のそばの街」から、です〜」
「水着似合ってるよ。向こうでちょっと話さない?」
ユーナ「え、えっと〜……」

 酔いが回りすぎてフラフラになったので人の輪から離れて休んでいたユーナのそばにも、二人の男が寄ってきて声をかけた。

ユーナ(こ、これってもしかして、噂に聞いた“出会い系パーティー”……?)

「めっちゃいい感じだけど……ちょっと幼すぎじゃね?」
「いや、このコ、マジで可愛いって。5年、いや2年もすればぜってーイケる」
「まぁ確かに……そういえば、ツレのコもすごかったよな……」
「サキちゃんだっけ?あのコは今の時点でもイケる。てか、お前のカノジョより胸あったし」
「うるせーよ」
「……ってあれ?さっきの可愛いコ、どこ行った?」

ユーナ(そっか、水着での参加が条件になってるのって、魅力をアピールするためだ……)

 水着だと露出が多く体形が出やすいのは確かだ。もっとも、それが魅力的に見えるかは人それぞれだろうが。

 コソコソとその場を離れたユーナは、心配になってサキの姿を探したが、会場の真ん中あたりにいた彼女は数人の男性に囲まれて楽しく談笑していた。
 万一トラブルになったとしても、サキの格闘能力は参加者の誰よりも高い。余計な気遣いだったようだ。

ユーナ「サキちゃんったら、もう……」

 パーティーの参加費が格安だったのは“出会い系”だったからだ。
 このテのパーティーは、なぜか女性の費用が男性よりも安く設定されていることが多い。
 出会い目的の下心見え見えの男性相手に、サキは上手く話を合わせることができるが、ユーナは苦手だった。
 そもそも、容姿や体形で女性を格付けするような男性には全く興味が無い。
 ちゃっかり食べ物を確保した上で(安いとはいえお金を払ったからには無駄にするわけにはいかない)、パーティーを抜け出してコテージで休もうとしたユーナだったが――意外なことに、ここで重要な情報が入ってきた。

「いやー、遊び過ぎて今月金欠でさー。バイト増やしても全然足んねーのよ」
「お前、パーティー皆勤賞だしな(笑)」
「家の仕事サボりまくってるから、そろそろ親に怒られそうで、めっちゃヤバイんだわ」
「金かぁ……そういえば、この辺の海にお宝が眠ってるって話、知ってるか?」





キュピーン!!


「な、なんか今、すっげー視線感じなかった?」
「え?そうか?」
ユーナ「その話!詳しく聞かせて!!」
「おぉ!宝物の話してたら女の子が釣れた!……で、どこにあるんだよそのお宝ってのは?」
「ああ……あっちに岬――ってほど大きくないけど、陸地が突き出してる場所があるじゃん?その真ん中あたりにあるらしいぜ。どんな物なのかは知らねぇけど」
「岬……ってあれか?!めっちゃ遠いじゃん!めんどくさいからパス」
「お前そんなんだから女ゲットできないんだって……ってあれ?さっきの可愛いコ、どこ行った?」

 そして翌朝――――

サキ「あ〜……頭いたい……。昨日飲み過ぎたわ〜〜」

 サキはコテージのベッドから起き上がったけど、二日酔いで体調は最悪だった。
 パーティーで言い寄ってくる男の子たちを適当にあしらって、コテージに戻ったのは深夜だった。部屋着に着替えてベッドに入り、ユーナの隣に倒れ込んだようなのだが……記憶が曖昧だ。
 時刻は正午近くになっていて、窓から強烈な夏の日差しが降り注いでいる。隣で寝ていたユーナの姿はなく、既に目覚めているようだった。

ユーナ「あ、サキちゃん起きてる。ねぇ、聞いてよ。すごい情報入手したんだよ〜!」
サキ「大きな声出さないで、頭に響く……。で、どんな情報?」
ユーナ「もちろん、お宝だよ!!」
サキ「お宝?この辺りに??」
ユーナ「うん!!」

 ユーナは、昨日男の子から聞いた話をかいつまんでサキに伝えた。

サキ(ユーナには悪いけど、なんかガセっぽいわね……)

 この辺りは海浜リゾートなので、危険な遺跡は無いはずだ。万一遺跡があり、中にお宝があったとしても、海水浴客にまで噂が広まっているのなら既にトレジャーハンター達に根こそぎ持ち出されているだろう。
 だけど、今日の予定は特にない。せいぜい“海岸でボーっと過ごして適当に泳いで帰る”という程度だ。

サキ(ま、海のレジャーと割り切って、ユーナに付き合うことにしましょうか)

 目を輝かせながら“お宝”の話をするユーナに水を差すのも野暮だろう。

サキ「ふぅん……面白そうじゃない。行くだけ行ってみましょう」
ユーナ「そうこなくっちゃ!!」

 二人は水着に着替えると、護身用の短剣を装備した。武器とかの残りの荷物を一旦全てコテージのチェックインカウンターに預けると、件の岬を確認するために砂浜を歩き始めた。

ユーナ「あ!岬って、あれじゃない?」
サキ「……思ったより遠いわね。泳いで行くのは無理っぽいか」
ユーナ「え?サキちゃん、泳ぐつもりだったの!?」
サキ「泳ぐか、海岸を歩くつもりだったんだけど……」

 岬の周囲はゴツゴツした岩場になっていて、裸足やビーチサンダルで歩くのは厳しそうだ。きちんと装備を整えれば問題ないだろうが、せっかくの休暇なのにそこまでするのは面白くない。

サキ「う〜ん、どうしようかな……」

 サキは何となく周囲を見渡す。すると、立ち並ぶ露店の中に「貸しボート」の看板が目に入った。

「岬に行くんだったら、この“シーカヤック”がオススメだね。一人乗りなんだが、嬢ちゃんたち小さいから、二人で乗っても大丈夫だ。抵抗が小さい作りになってるんで、どっちか一人が漕げば十分スピードが出るけど、ちっとばかし揺れるから気をつけてな。ああそれと、岬から向こうは潮流が速いから行っちゃダメだぜ。じゃあ、楽しんできてくれ!」
サキ「分かったわ!ありがとう!」
ユーナ「ありがとうございました〜」

 髭面で日焼けした、いかにも“海の男”な店主から一通り説明を聞くと、サキとユーナは借りたシーカヤックを砂浜から海へと押していく。
 浅瀬に浮かんだカヤックに乗ると、岬に向かって漕ぎ出した。


サキ「さあ、お宝探しに出発よ!!」
ユーナ「おおーー!!!」
サキ(ま、どうせ大したものではないんでしょうけど……ユーナが楽しんでくれるなら、それでいいわ)

 ユーナは妙に力が入っているが、サキはお宝そのものには全く期待しておらず、楽しむことをメインの目的としていた。

 行きはサキが、帰りはユーナが漕ぐことにした。波があるので結構揺れるが、コントロールは難しくなく、目的地の岬に向かってほぼ真っすぐに進む。
 30分ぐらいで岬の根元に到着した。
 波に流されないように砂浜にカヤックを押し上げ、サンダルを履いて周囲を確認する。

サキ「さーて、お宝とやらはどこにあるのかしらね」
ユーナ「あ、あれって道じゃない?」

 ユーナが指し示した方向には、通行人によって土が踏み固められた細い道があった。
 ……ということは、この岬を訪れる人がそれなりにいるということである。仮にお宝があったとしても、既に持ち去られている可能性が高い。

サキ「さすがね、ユーナ。とりあえずこの道を辿ってみましょ」
ユーナ「うん!」

 サキは最初からお宝に期待していなかったので、頻繁に人が訪れているということが分かっても落胆しなかった。逆に、安全が確保されたので少しホッとしたぐらいだ。
 道は岬の先端へと向かっていた。
 水着とサンダル姿で、サキとユーナはゆっくり歩く。
 心地よい潮風が吹き抜け、太陽の光が海面に反射してキラキラ輝いている。

サキ「いい場所ね。気晴らしになるわ」
ユーナ「そ、そうだね〜。これだけでも訪れる価値があるよね」

 お宝に目がくらんでいたユーナも、さすがに期待薄かもしれないと思い始めたようだ。
 道は岬の真ん中あたりで途切れていて、案の定そこには何もなかった…………ということはなかった。

ユーナ「あれは……遺跡!?」
サキ「え?うそ!?」
ユーナ「…………サキちゃん、お宝の話、全然信じてなかったね」
サキ「いやー、こんなリゾート地にお宝があるって言われても、ねぇ?」


 海を臨む崖にあったのは、一風変わったオブジェだった。
 2メートルぐらいの金属の枠の上部からは鐘が吊り下げられ、その手前には砂岩のプレートが置かれていた。
 サキとユーナは一応警戒して近づいたが、遺跡ではないことがすぐに分かった。
 金属の枠も砂岩のプレートも新しすぎる。魔力も全く感じられなかった。

ユーナ「あ、何か書かれてる」
サキ「ほんとだ、ええと、何々……」

 砂岩のプレートには、文字が彫り込まれていた。

『恋人たちの聖地』
幾多の困難を乗り越えて、ここまでたどり着いたお二人を祝福します。
眼下に見えるの島に愛を誓って下さい。
二人で一緒に鐘を鳴らせば、永遠に結ばれることでしょう。

ユーナ「も、もしかして……これが、お宝、なの!?」
サキ「ぷっ……あはははは!ま、こんなものよね。てか、何もないよりはマシなんじゃない?」
ユーナ「はぁ〜〜〜、ほんの少しでも換金できるものがあれば、海に来た費用ぐらいなら取り戻せると思ったのに〜〜〜」
サキ「もう、そんなこと考えてたら楽しめないわよ。ところで、“の島”って何なのかしら?」
ユーナ「あの島のこと……かな?」

 ユーナは金属の枠の中を指さした。
 そこから見える島は、ハートの形をしているように見えなくもない。ただ、大部分がゴツゴツした岩で灌木がまばらに生えているだけの侘しい外観なので、ロマンチックには程遠かった。

サキ「ああ、なるほどね」

 おそらくは、ここから見た島の形がハート形に見えるという理由で訪れるカップルが現れ、二人で愛を誓えば結ばれるとかそんな噂が広まり、便乗したリゾート関係者が釣り鐘やプレートを作ったのだろう。

サキ「さ、帰ろうか」

 見るものは見たしもういいでしょ、という感じでサキはユーナに言ったのだが、

ユーナ「ねぇ、サキちゃん……二人で鐘、鳴らさない?」

 その場に立ち止まったまま、サキの方を振り返ったユーナは小声でつぶやいた。

サキ「え?ま、まぁいいけど……」


 サキはユーナの隣に歩み寄り、鐘に繋がれたロープを握る。
 ユーナもロープを握ると、二人で同時に引いた。

カラン…カラン…カラン……カラン……カラン……

 安っぽく小さな鐘の音が響き、海の彼方に消えてゆく。
 永遠に結ばれるという割には、ちょっと頼りなかった。

ユーナ「……ねぇ、私たち二人の関係って、何なのかな……?」
サキ「何よ急に、そうねぇ……友達っていうのは軽すぎるから……冒険のパートナーってとこじゃない?」
ユーナ「そっか、うん、そんな感じだよね〜」

 確かに不思議な関係ではあった。友達にしては一緒にいる時間が長すぎる。それなりに仲は良いが、愛し合っているというほどでもない。一つ屋根の下で暮らしているけど、結婚しているわけではない……。

ユーナ「……戻ろうか」
サキ「そうね」

 目ぼしいものは何も手に入らなかったけど、ユーナはそれほど落ち込んではいないようだった。

 岬からの帰りはユーナがカヤックを漕ぐことになっていたのだが、潮の流れが岸に向かっていたので、ほとんど漕がなくても進んでゆく。
 シーカヤックを貸しボート屋に返した後は特に何をするでもなく、砂浜でぼーっとしたり、コテージで海風に吹かれながらジュースを飲んだりして過ごした。
 そして夕暮れ近くの最終馬車に乗って、小さくて古い、自分たちの家に帰って来たのだった。

サキ「痛っ!いたたたた!……ちょっとユーナ、そんな一気に剥がさないで!」
ユーナ「ご、ごめんサキちゃん、ペリペリ剥けるのが面白くて、つい」

 ……帰宅した翌日から二人を待ち受けていたのは、ひどい日焼けだった。
 海で泳いで砂浜で日光に当たっていたのだから、当然の結果と言えるだろう。特にサキがひどく、背中の皮はほとんど剥けてしまっていた。
 真っ赤になったサキの背中に、ユーナは軟膏を塗り広げる。

ユーナ「はい、おしまい。しばらく日光に当たっちゃダメだよ〜」
サキ「ううう……もう海なんて行かない……」

 海から戻った後、二人の関係は少しだけ良くなったようだ。言い争うこともなくなった。
 窓から入ってくる風に、少しだけ涼しさを感じる。
 短くて暑い夏が、ゆっくりと過ぎ去ろうとしていた。

おしまい

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