サキとユーナの二人は、一つ屋根の下で暮らし、冒険ではパーティーを組んでいるが、性格や考え方が似通っているというわけではない。
これまでの重要な局面で何度か意見が食い違っているし、言い争ったこともある。
そして、大きく考えが違っていることの一つが――将来の進路だ。
サキはこれからもトレジャーハンターを続けたいと考えていて、いくつか他のパーティと繋がりを持っている。対してユーナは、この稼業から足を洗って学校に通い、もっと安全で安定した仕事をしたいと思っていた。
ユーナ「はぁ…………って私、最近ため息ばかりついてない?!」
ここは二人が暮らす小さな借家のダイニングルーム。いつものようにサキはギルドに出かけていて、ユーナは一人で留守番をしていた。
最近の二人の経済状況はかなり良いし、やっかいなクエストや依頼も抱えていない。テーブルの上には一枚の紙が置かれていたが、いつぞやの魔法都市の時のような安っぽいビラでは無く、厚紙に箔押しという豪華な装丁がされていた。内容も不穏なものではなくて――
サキ「ただいまー……って何これ?パーティーの招待状?」
ユーナ「お、おかえりサキちゃん!えと、これはね……」
ギルドから帰ってきたサキが何気なくテーブルの紙を手に取る。そこには大きな飾り文字で『体験入学のご案内』と書かれていた。
サキ「体験入学?いいんじゃない?ずっと学校通いたいって言ってたし。どーせ大したクエストも無いから行ってくれば。お金は何とかなるわ」
お金に余裕があるのは、懇意にしている木こりからの依頼を解決したからであって、ギルド発行のクエストに良いものが無いのは相変わらずだ。しばらく仕事は開店休業だろう。
ユーナ「え、えっと、その…………二人で行かない?」
サキ「えぇえ!?私は学校に通うつもりはないし、二人分だとさすがに金額が厳しいんじゃない?」
ユーナ「この体験入学、基本タダなんだよ!制服も貸してくれるし、寮の空き部屋に無料で宿泊できるの。食費はかかるんだけど、サキちゃんって一人だと、その……」
サキ「あー……まぁ、飲み食いにお金使っちゃうのは否定できないわね……」
サキは料理を全くしないので、普段の料理の担当はユーナになっている。サキがしばらくの間一人で暮らすことになると、食事は全て外食になるので……間違いなく、学生寮の食費二人分の方が安上がりだ。
ユーナ「だからその……一緒に、どうかな……?」
サキ「そうね……面白そうだし、私も行ってみようかな」
ユーナ「やったぁ!じゃあ、手続きは私がやっておくね〜」
サキ「え?あ、う、うん、お願いするわね」
妙に嬉しそうなユーナにサキは怪訝な表情になるが、内容を改めて確認したり、問いただしたりはしなかった。
そして体験入学の前日、準備を整えたサキとユーナは、戸締りを確認して家を出た。武器は家に置いてきたので、護身用のナイフだけ装備している。荷物も少なく、着替えの入ったバッグだけ持っているので、まるで家出少女――と言うより、家を失くした少女のようだった。
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その小さな村は魔物の襲撃でひとたまりもなく壊滅した。
魔物は遺跡の中にいるものという認識があるせいで、村が襲撃されるとは誰も考えてなかったし、対策もしていなかったので当然の話だ。
生き残った村人たちは暗闇の中で散り散りになって森の中へと逃げ出した。家を失くし、親を見失った子供が何人もいて、彼女もその一人だった。切り揃えられた黄色い髪は乱れ、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ふぇぇぇ……うわぁぁぁん!おとうさぁん!おかぁさぁん!どこにいるの?……ぐすっ……うぇぇぇ……」
森の中は魔物だけでなく危険な動物も多い。座り込んで泣いている子供など、彼らにとっては格好の獲物でしかない。ガサガサと草をかき分けて、暗闇の向こうから何かが彼女に近づいていた。
「ひぃぃぃっ!!」
「……こんな所で座り込んでちゃダメよ」
草むらから現れたのは大型の肉食獣――ではなく、青く長い髪の、一人の少女だった。
「え!?……にんげん、なの?」
「こっちに進むと街道があって、街に通じてるわ。早く逃げるわよ!」
「……う、うん!」
サキとユーナ――二人の少女は、こうして出会った。
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学校に到着したサキとユーナは、事務員の女性に寮の空き部屋に案内された。
「体験入学の間、お二人に滞在して頂く部屋はこちらになります。家具は一通り揃っておりますので、不便は無いかと思います。食堂と浴室は一階にあります。夕食は6時から9時まで、入浴は7時から10時までとなっています。消灯時間は11時となっていますので、それまでには部屋にお戻りください。朝食は6時から8時までです」
サキ「わぁ、いい感じの部屋じゃない♪」
ユーナ「私たちの家よりも家具が充実してるよ〜」
「明日の8時に、あちらの講堂にいらして下さい。体験入学の説明と校内の案内を致します。レンタルの制服は後ほどお持ち致します。今日は特に課題はありませんので、ゆっくりお休みください。では失礼いたします」
淡々と告げると、女性は部屋から出て行った。
サキとユーナは部屋でくつろいだり外を眺めながらおしゃべりして過ごした。夕食と入浴から戻ると制服が届けられていたが、消灯時間になったのでテーブルの上に置いたままにして、ベッドで眠りについた。
……その制服がちょっとしたトラブルを引き起こすことになるなんて、全く思っていなかった。
翌朝、初登校ということもあって早起きした二人は、早速制服に袖を通した。二人が普段着ている服や冒険の装備に比べて生地も仕立ても格段に良い。デザインもお洒落で可愛かった。
ついつい姿見の前でポーズを取ってみたり、お互いを可愛いと褒め合ったり、服に合わせて髪を整えたりしていると、どんどん時間が過ぎてゆく。気がつくと、時間ギリギリになっていた。
我に返った二人は、慌てて準備をして食堂で朝食を食べる。部屋に戻らずに寮を出て講堂に向かったが、それでも全力で走らなければ間に合わないぐらいに切迫していたのだった。
講堂の中に入った二人は、キョロキョロと中を見渡す。ステージの前に椅子が並べられていたので、空いていた席に座った。オリエンテーションの開始にはギリギリ間に合ったようだ。
この日から体験入学する生徒は、サキとユーナを含めて5人。講堂の広さに対してずいぶん少ないという印象が否めない。ずっと走っていたので息の荒いサキとユーナに、他の三人はちょっと怪訝な目線を向けるが、ステージに初老の男性が現れると、全員がそちらに注目した。
「えー、私はこの学校で歴史の教師をしている、ラスティンという者だ。本日のオリエンテーションを担当する。まずは体験入学の意義と目的について…………」
オリエンテーションは――まぁ、仕方のないことかもしれないが――退屈だった。内容がつまらないというのもあるが、ラスティン教師の話し方に面白味が無く、終始淡々とした口調だったのが大きな原因だろう。
「…………最後に、体験入学で本学の教育方針や雰囲気をしっかりと把握してもらい、是非入学を検討して頂きたい。以上でオリエンテーションを終了とする」
学校案内の冊子が配られて、オリエンテーションは終了した。
続いて生徒による学校案内が行われたが、校内を一回りしてそれぞれの建物の説明をするだけで、これも楽しいと言えるものでは無かった。
サキ「はぁ……退屈すぎて眠かった……。入学しようっていう気持ちに全然ならないわね」
ユーナ「あはは……魔法学園だから、お堅いのは仕方ないよ」
サキ「…………え?ここって魔法学園なの!?」
ユーナ「あれ?言ってなかったっけ??」
サキ「聞いてないわよ!はぁ……魔力が全然ない私が体験しても無駄にしかならないわねぇ。ユーナの付き添いだから別にいいんだけど」
ユーナ「サキちゃん、そのことなんだけど……ま、いっか」
サキ「???」
ユーナ(今言わなくても、すぐに分かることだしね)
オリエンテーションと学校案内は11時頃に終了したのだが、午前中の残り時間は休憩になった。サキとユーナは食堂で早めの昼食をとって、ゆっくりと休んだ。
そして、午後から始まった最初の授業は、“魔力測定”だった。
再び講堂に集合した体験入学生は、小さな部屋へと案内される。そこは、とある研究室の一つで、白い髭を蓄えた好々爺と言った感じの教授に出迎えられた。
「ふぉふぉふぉ……ようこそ、ようこそ!ふむふむ……今回は少数精鋭じゃのう!ささ!こっちじゃ!」
様々な装置、机と椅子、棚や書類が乱雑に置かれた研究室を、教授は奥へと進み、一つの小さな装置の前で足を止めた。
その装置の中央には手のひらの形をした窪みがあり、そこから複雑な文様が周囲に広がっていた。奥側に大きな透明の球体が固定されている。ただのガラス球ではなさそうで、内部には複雑な構造が見て取れた。
魔力測定は、この装置を使って一人ずつ行うようだ。ジャンケンで順番を決めた結果、サキは最初に、ユーナは4番目になった。
サキ「私が最初ね!魔力はからっきしだけど!……で、どうやるの?」
「簡単カンタン!そこの窪みに手のひらを置いて、球を光らせるようにガンバルだけじゃ!」
サキ「どこかで見たような気がするけど……これでいいのよね?」
サキは窪みの上に手を置く。インターフェイスが彼女に対してチャンネルを開くように要求しているのを感じ取ると、言われるままに身体の奥を開いて同調する。書き込まれていた情報はシンプルで、装置の中の“コア”が、単一の機能しか持っていないことが分かった。どんな機能か分からないまま「実行」のコマンドを入力すると、大量のノイズが頭の中に直接流入し、すぐに処理がオーバーフローして頭痛とめまいがする。球体が光ると同時にサキと装置との接続が強制切断された。
「ほう!なかなかのものじゃ!接続が不安定でロスが大きいが、これからどうとでもなる!」
サキ「あら?魔力は無いはずなんだけど……」
ユーナ「……サキちゃん、魔力が全然無かったら魔法剣は使えないよ」
サキ「え?……あれ?」
話に全然ついて行けないサキのことはそのままに、測定は進んでゆく。すぐにユーナの番になった。
ユーナ「んっ!?…………んんんっ!」
インターフェースからのノイズを魔力で強引に停止させ、そのままコアに強制入力する。球体はパァァァァと激しく光った。
「ははははは!魔力は強いが、強引過ぎじゃ!制御と同調を訓練するのがエエの!」
ユーナ「ぁ……はい……」
測定の結果、魔力が有ると認められたのはサキとユーナを含めて3人だった。ちなみにもう一人の生徒は、ごくわずかしか光らせることが出来ず、「ちぃーっと臆病になっとるの」とアドバイスをされた。
「魔力は強ければ良い、というものでは無い。魔導器の中には、繊細で壊れやすいものもあるし、制御が難しいものもある。そして、魔力が無くても気にする必要も無い。学んでいく過程で目覚める場合もあるし、そもそも教職員や生徒の中でも魔力があるのは2割〜3割程度じゃ。魔力を使って発掘品のアーティファクトを扱うほかにも、研究テーマも仕事も山のようにある。今のは評価ではなくてただの測定じゃ。気にし過ぎないようにの!」
ユーナ「…………」
教授の締めの言葉で魔力測定は終わり、生徒たちは研究室から退出した。
そして、初日のカリキュラムはこれで全部終了。残りの時間は……意外なことに、在校生徒たちによる部活動の紹介と、校内の自由見学だった。
サキ「ユーナ、さっきの教授に言われたこと……あまり気にしなくていいと思うわ」
ユーナ「……え?……あ、うん……」
サキの言葉に曖昧にうなずいたけども、実際のところユーナはかなりショックを受けていた。
トレジャーハンターギルド内での認識では、魔力は強ければ強いほど良い、というものだったし、制御が多少下手でも誰も気に留めなかったのだ。
……もっとも、ユーナの魔力はさすがに不安定過ぎて、二人がハンターの仕事を始めた頃から問題になっていた。
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ギルドに登録して正式にトレジャーハンターになったサキとユーナの初仕事は、「洞窟に生息するジャイアントスパイダーを駆逐する」という依頼だった。
ジャイアントスパイダーは、その名の通り大きなクモだ。体長15〜20センチメートル、足を広げた大きさは1メートルにもなる。市井の人々にとっては脅威だが、ハンターが戦う魔物としてはさほどでもない。咬まれてもカスリ傷と麻痺する程度で致死性の毒は持っていないし、積極的に人間を襲うことも無いからだ。
代わりに、この程度の弱い魔物が生息しているダンジョンでは、お宝は全く期待できない。サキとユーナに依頼が回ってきたのも、他に引き受ける人がいなかったのと、新人のちょっとした肩慣らしに最適だと思われたからだった。
ユーナ「サ、サキちゃん、着いちゃったよ?どうしよう……どうすればいいの!?」
サキ「私にばかり聞かないで考えてよ。ていうか、やることは決めておいたでしょ?」
……もっとも、この時の二人は多少剣と魔法の練習をしただけで“市井の人”とほぼ変わらない。年頃の女の子にとって、巨大なクモは恐怖の対象だ。ユーナが怯えるのも当然だった。
二人の立てていた作戦は、サキが洞窟の入り口付近でジャイアントスパイダーを攻撃しておびき寄せ、すかさずユーナの火炎魔法で一網打尽にする、という単純なものだった。
洞窟の中は真っ暗で、サキが覗き込んでもジャイアントスパイダーの姿を確認することは出来なかった。しかし、時折ガサゴソと何かが蠢く気配がある。
サキ(困ったわね、どうやっておびき寄せようかしら……?)
入り口近くのスパイダーを一匹剣でつつけば、パニックになって入り口に殺到するんじゃないの?程度しか考えていなかったので、姿が見えないとどうしようもない。真っ暗な洞窟に入る用意もしていなかった。
仕方が無いので、外から石を投げこんでみることにした。狙いをつけることが出来ないので、当たるかどうかも分からないのだが……。
サキ「ユーナ、ジャイアントスパイダーは中にいるっぽいから、石を投げ入れてみるわ。魔法の用意をお願い」
ユーナ「う、うん……分かった!」
ユーナのたどたどしい呪文の詠唱が始まる。サキは手頃な石を5個ばかり拾ってきて並べると、次々と洞窟の中へと放り投げた。
そしてどうやら、その中の一つがクリーンヒットしたらしい。グシャッという音が聞こえると同時に、ガサガサガサガサと4匹のジャイアントスパイダーが入り口から飛び出してきた!
サキ「うひゃぁぁっ!?ちょ、ちょっと、こっち来ないでよ!」
サキは情けない声を出して剣を振り回すが、ジャイアントスパイダーはぴょんぴょん飛び跳ねて全然ヒットしない。そして、あろうことかユーナの方に向かって行ったのだ。
ユーナ「いやぁぁぁぁ!来ないでえぇぇぇぇっ!!」
詠唱は悲鳴と共に中断され、魔法は強制発動された。暴走した魔力と生命エネルギーは、ユーナに迫っていたジャイアントスパイダーを焼き尽くし、炎の渦となって洞窟の入口へとほとばしる!
サキ「ユーナ、落ち着いて……うわぁぁぁっ!」
暴走した炎を、サキは地面を転がって何とか回避する。洞窟の中のジャイアントスパイダーは、強烈な炎と熱で全滅したのだった。
依頼は完了したので報酬は入手したが、ユーナの火炎魔法のせいで洞窟の中にあった遺跡が破損してしまったので、ギルドから叱責を受けるという不本意な結果になってしまった。
この時から今に至るまで、ユーナの火炎魔法は強力な攻撃手段であると同時に、不安材料の一つであり続けた。本来ファイアーストームの魔法でも、ある程度の制御は出来るのだが、ユーナが使うと魔力を全部消費して周辺一帯を火の海に変え、自分は昏倒する、というものになってしまっている。
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サキ「……??講堂の方、何だか騒がしくない?」
ユーナ「そうだね。中に人がたくさんいるみたいだけど……」
研究室での魔力測定の後で講堂に戻るように指示され、引率の生徒の後ろを歩いていたサキとユーナは、妙な気配――というか熱気のようなもの――を感じて首をかしげる。
そして、二人の感じた気配は間違っていなかった。扉を開けた体験入学生たちを待っていたのは、それまでの堅苦しい雰囲気は何だったの!?と言わんばかりの喧騒の渦だった。
「新聞部!新聞部ですー!入部すればあなたも立派な新聞記者!一緒に世界の真実を暴きましょう!」
「演劇部の新入生歓迎公演、ステージでもうすぐ開演!ぜひ観てね!!」
「陸上部はこちら!トラックの準備は出来てるぞ!君も夕陽に向かって走ろう!!」
「ごっつぁんです!相撲部です!!」
体験入学生は5人しかいないのに、講堂の中は勧誘する生徒で溢れていた。制服なんて誰も着ておらず、陸上部のユニフォームに被服部のコスプレ、演劇部のステージ衣装に料理部のエプロン等々……と、まさに色とりどりだ。
部活動紹介のビラが次々と差し出され、目を白黒させている体験入学生相手に、色街の客引きよりも激しい勧誘合戦が繰り広げられる。
「やっとお会いできましたわ、お姉さま!一緒にテニスをしましょう!ささ……こっちですっ!」
サキ「え!?ちょ、ちょっとどこ行くの??」
「大丈夫です!ボールもラケットも用意していますし、ルールはイチから丁寧に教えて差し上げますっ!」
ユーナ「全然大丈夫じゃないよ〜!サキちゃんを連れて行かないで〜〜〜〜っ!!!」
突然現れたウェーブヘアーの小柄な少女に手を引かれて、サキはどこかに姿を消してしまった。
慌てて後を追おうとしたユーナの目の前に、たくさんの服を抱えた女の子が立ちふさがった。
「まぁ!あなたとっても可愛いわ!ちょっとこのドレスを着てみて!あ、こっちのメイド服の方がいいかしら?」
ユーナ「あ、あの……ごめんなさいっ!!」
もはや何部なのかも分からない勧誘に混乱したユーナは、講堂を飛び出して闇雲に走り出す。しかし、サキの行方は全く分からなかった。
ユーナ(どうしよう……学校の中だから、危険は無い、と思うけど……)
気がつくと、学生寮の入り口に立っていた。あても無く探し回って見つかるわけがないし、自分の部屋でサキが戻ってくるのを待った方が良さそうだ、と判断したが……その前に、どうしても行きたい場所があったのを思い出し、学校案内の時の記憶を頼りに再び歩き始めた。
何度か迷った末にたどり着いたのは、魔法関連の蔵書では街で最大規模を誇る、学校図書館だった。
おしまい