とれじゃーはんたーず! 第10話 マトバ山トンネル遺跡

サキ「ええと……ぶっちゃけ、稼ぎが無いし貯金も無くなったから休業するしかない、ってこと?」
ユーナ「うん。節約して生活費を切り詰めるのも、もう限界なんだよ〜」

 疲れ切った顔で、ユーナはテーブルに突っ伏した。
 ここ数か月トレジャーハンターの仕事をほとんどしていないし、貯金も底をついて久しい。
 小さな借家の開け放たれた窓から、涼しい秋の風が通り抜けてゆく。サキとユーナは1時間ぐらい前から暗い顔で深刻な相談をしていたが、外は雲一つない晴天だった。

サキ「休業するのは仕方ないとして、律儀にギルドに連絡しなくてもいいんじゃない?」
ユーナ「それはそうなんだけど……一応言っておかないと。万一依頼が来ても困るし……」

 トレジャーハンターを休業するにあたって、特別な申請は必要ない。ただ、日銭を稼ぐため他の仕事に勤しむことになるので、急な依頼(特に無償の案件)には対応できなくなってしまう。
 ……とは言っても、サキとユーナのような弱小パーティーに依頼する人なんているはずもないから、律儀にギルドに連絡する必要はない――というサキの意見にも一理ある。

サキ「まぁいいわ、どうせヒマだし。明日二人でギルドに行きましょ」
ユーナ「うん……」

 あっけらかんと言ったサキに対して、ユーナは少し残念そうだった。

 そして翌日、ギルドを訪れた二人はカウンターへと向かった。
 心なしか他のハンターたちの表情も険しい。最近、クエスト数の激減や、魔法都市の先遣隊引き上げなど、不景気な話題が持ちきりだ。あちこちからため息が聞こえてくる。
 カウンター前の行列に並んで順番を待っていると……

「おぉぉぉい!そこの小さい二人!!」

 意外なことに、ギルドマスターの方から声を掛けられた。

サキ「何か用?……ていうか小さい二人って何よ」
「お前たちに“依頼”だ」
サキ&ユーナ「え!?」

 驚いて顔を見合わせる二人に、マスターはニヤニヤ笑いながら封筒を差し出した。
 一度開封された形跡があり、表には「検閲済み」のスタンプが押されている。
 サキが中身を確認しようとすると、マスターに制止された。

「おおっと!中を見るのは家に持ち帰ってからにしてくれ」
サキ「はぁ!?ここで見ちゃマズい内容なの?」
ユーナ「なんだか怪しいよ〜」

 サキとユーナはジト目でマスターを見るが、結局言いくるめられて封筒を持ち帰ることになった。休業の連絡にギルドを訪れたはずなのに、依頼の案件を押し付けられるという、全く予想していなかった展開だ。
 家に戻った二人は、まず封筒の差出人――つまり依頼者を確認した。その人物は、二人の知った顔だった。

ユーナ「あ、アッカスさんだ」
サキ「なるほどね。……込み入った内容みたいだけど、面倒なトラブルかしら?」

 封筒の中から出てきたのは、豪快な字面で書かれた便箋が3枚と、手書きの地図だった。
 長いのでざっくり要約すると、以下の内容になる。

・「マトバ山」の中腹あたりに、奇妙な文様が描かれた大きな扉が見つかった。
・反対側の斜面にも同じような扉が見つかり、山を貫通するトンネルになっている可能性あり。
・扉には鍵が掛けられていた。ピッキングで解錠を試みたが、我々では不可能だった。
・扉を破壊しようと考えたが、表面の文様を以前に見たことがあることに気づいたので、止めておいた。

 手紙の最後は “マトバ山の向こうは十分に成長した針葉樹が多く木材を豊富に入手することができるが、現状では山を迂回する道しか無いので街への運搬が困難。発見した扉がトンネルとなっていれば劇的に効率化する。扉の文様は以前貴方達に処理してもらった「魔物を呼び寄せる石柱」に酷似しており、一度調査をお願いしたい。 P.S.木こりのギルドに、相応の謝礼を出すよう話をつけてある。” と締められていた。
 面倒なトラブルどころか、新規クエストに近い内容だった。きちんと報酬が出る上に、お宝も期待できる。
 おいしい話のはずなのだが……二人の表情は曇っていた。

サキ「奇妙な文様の扉……間違いなく“魔法の扉”ね」
ユーナ「“マジックキー”が無いと開けられないね……今の私たちには無理っぽいかなぁ……」

 ユーナが暗い表情でうつむく。
 魔法でロックされた扉を開けるには魔法の鍵――マジックキーが必要だ。問題なのはその鍵が一度きりの使い捨ての上に非常に高価であることだ。現状のサキとユーナに手が出る値段ではない。

サキ「残念だけど依頼を断るしか…………あら?封筒の中にまだ何か入ってるみたい」

 サキがテーブルの上で封筒を逆さにすると、カランと音を立てて金色の大きな鍵が落ちてきた。……まぁ、言うまでもないが、マジックキーだ。
 二人は顔を見合わせてにんまりと笑う。

ユーナ「きっとマスターからの差し入れだよ!」
サキ「さぁ!さっそく準備するわよ!明日の朝に出発!!」

 勢いよく椅子から立ち上がった二人は、久しぶりの冒険の準備を慌ただしく始めたのだった。

 サキもユーナも、「マトバ山」という地名を全く聞いたことが無かった。アッカスから送られてきた地図にも書かれていなかったので、街の人が立ち入らない森の奥にあるのだろう。代わりに「この場所に来られたし」と指定されていたのは、森の入り口にある、木こりたちの詰所だった。

サキ「こんちはー、依頼のあったハンターでーす」
ユーナ「こ、こんにちは……」

 丸太で組まれたログハウスの詰所に到着すると、まるで三河屋が酒を届けに来たかのような気安さで、サキは中に入って挨拶する。対照的にユーナはおどおどしながらサキの後ろからひょこっと顔を出した。
 詰所の中には3人の木こりがいた。見慣れない来訪者に怪訝な表情を向けるが、すぐにニイッと笑う。

「おぉ!アッカスが頼んだトレジャーハンターか!」
「なるほど、これは確かに可愛らしい!」
「座れ座れ!ちょうどお茶を淹れていたところだ!」

 サキとユーナのためにテーブルの一角が空けられ、椅子が二つ用意される。続いて、大きなマグカップに入った熱いお茶と、お茶請けのドライフルーツが出された。

「ところで、そのアッカスはどこに行ってるんだ?」
「森の中で木を切ってるとか言って朝方に出かけたぞ」
「何だと!こんな可愛い子を待たせるわけにはいかない!探してくる!」

 木こりたちはドタドタと出ていき、ほどなくしてアッカスを引き連れて戻ってきた。

アッカス「すまない。ずっと詰所にいるわけにもいかなくて……早速現地に向かう、ってことでいいかい?」
サキ「そうね、できるなら今日中にカタをつけたいわ」

 サキとユーナはぬるくなっていたお茶を飲み干して席を立ち、荷物を手に取る。
 アッカスの他に1人の木こりをともなって、遺跡が見つかったというマトバ山へと向かった。
 詰所からマトバ山までは歩いて30分ぐらいだった。山……というよりは岩で切り立った崖が連なっている感じだ。さほどの高さはないが、登るのはさすがに無理そうだった。
 道を外れて林の中を進むと、岩肌に大きな扉があった。周囲に人工物が無いので、唐突な印象を受ける。アッカスの手紙に書かれた通り、不思議な文様が刻まれており、中央に大きな鍵穴がある。

アッカス「ここが入り口だ。見ての通り扉には鍵がかかっていて、僕たちのピッキングでは開かなかった。……で、どうするんだい?」
サキ「どうやっても開かない魔法の錠前には、どんな扉でも開く魔法の鍵を使うわ」

 サキはニッと笑って荷物の中からマジックキーを取り出すと、アッカスに見せた。

アッカス「魔法の鍵?……ってうわ!気持ち悪っ!」

 鍵の先端はクネクネと常に形を変化させていた。サキとユーナにとっては見慣れた物だが、アッカスは顔をしかめる。
 サキは鍵をユーナに渡した。普通の鍵開けならサキの担当だが、マジックキーを扱えるのはきちんとした魔力を持っている者に限られる。
 ユーナはマジックキーを鍵穴に入れてそのまま手に持つ。数分後、「んっ……!」と小さな声を出して指先から魔力を注入し、鍵を回した。

ガシャガシャガシャガシャ……ガシャン

 扉の文様が明滅し、派手な機械音を立てる。それらが収まると、ユーナは満足そうな顔で振り返る。

サキ「上手くいったみたいね」
ユーナ「うん!」
サキ「さぁ、開けるわよ!罠があるかもしれないから、二人は少し後ろに下がって」
アッカス&木こり「おう!」

 サキとユーナが取っ手を握って引っ張ると、ギギギギと音を立てながら少しずつ扉が開く。
 外からの光が洞窟の中を照らすと、入り口すぐの地面の上に……骨が散らばっているのが分かった。

アッカス「これは……人間の骨!?」
サキ「下がって!」

 思わず近寄ろうとするアッカスを、サキが制止する。
 その瞬間、散らばっていた人骨がカタカタと振動し始めた!
 異常な事態にアッカスと木こりは後ずさる。サキは剣を抜き、ユーナは杖を構えた。
 人骨は浮遊しながら一ヶ所に集まり、人間の骨格を形成する。右手には剣を、左手には盾を持っていた。

スケルトン
『スケルトン・ウォリアー』
 魔法で死者を蘇らせることは出来ない。しかし、死体を操ることなら可能だ。アンデッドと呼ばれる悪趣味な魔物は、腐肉を纏うゾンビ,グールと、人骨だけで構成されるスケルトンに大別される。スケルトン・ウォリアーは武器を持ち、アンデッドの中でも特に戦闘力が高い……というわけでもない。所詮はプログラムに従い動くだけで、武器は“見かけ倒し”だ。そもそもアンデッドを設置する目的は、その異様な姿で侵入者を恐怖させるためなので、冷静に対処したい。
 弱点はどこかに埋められた“コア”。コアを破壊されると生命エネルギーの供給が断たれて土に還る。また、一度死んでいるためか過剰な生命エネルギーの供給に弱く、回復魔法をかけると体が崩壊して起動前の初期状態に戻すことができる。
 逆に、コア以外の箇所をいくら攻撃しても効果は薄く、骨を2,3本折った程度では無力化できない、ということは留意すべきだろう。

 カチャカチャと骨が擦れる音を立てながら、スケルトンはサキに襲いかかる。剣を振り回すだけの拙い攻撃を、サキは難なく剣で受け止めた。5,6回切り結ぶと、スケルトンの剣は刃が欠けてボロボロになった。
 サキの方が優勢に見えるが、サキは攻めあぐねていた。スケルトンの身体は剣で斬られてもダメージは無いし、“動いている死体”なので痛みも無いのだ。
 唯一の弱点であるコアは、あからさまに額に取り付けられていた。しかし、そこを狙うには一度動きを止める必要があった。

サキ「ユーナ、あいつの剣をナイフで受けれる?」
ユーナ「……うん、出来ると思う!」

 サキに代わって、ユーナが前衛に出る。ナイフを構えたユーナに、スケルトンが襲いかかった!

スケルトンとの戦闘!

ガギイィィン!

ユーナ「くぅっ……!!」

 振り下ろされるスケルトンの剣を、ユーナは見事にナイフで受け止めた。
 スケルトンは剣に力を込め続ける。ユーナは歯を食いしばって耐えているが、このままでは力負けしてしまうだろう。つばぜりあいをしている隙に、横からサキがコアを狙って斬りつけた!

サキ「はぁぁぁぁっ!!」

パリィィィ……ン!

 サキの剣は狙い通りにコアにヒットし、コアは砕け散った。
 魔力を供給しているコアを破壊され、スケルトンは動作を停止する。骨はバラバラになって地面に落ちた。

サキ&ユーナ「はぁ……はぁ……やった(わ)ね」
木こり「すごい、さすがはハンターだ!」
アッカス「だろう?可愛いだけじゃなくて、とても頼りになる」

 スケルトンはそんなに強力な魔物ではないけれど……まぁ、褒められれば嬉しい。
 サキとユーナは開いた扉から洞窟の中を覗き込む。暗闇で全く見えないのだが――いや、だからこそ、二人はワクワクしていた。

暗闇への入り口
ユーナ「お宝の匂いがするよ〜。あるよ。間違いなくここにはお宝があるよ!」
サキ「ええ、そうね!何が何でも、絶対に、お宝を持って帰るわよ!!」

 実際に“お宝の匂い”がするわけではないが、魔法で厳重にロックされた扉と、誰も入った形跡の無い入り口を見れば、中にお宝があるのはほぼ確実だ。

ユーナ「お金がいっぱい……滞納してる家賃を払って、貯金もできるよ〜」
サキ「ステーキ!大盛りチャーハン!そして、生ビール!」

 ……欲望ダダ洩れの、“捕らぬ狸の皮算用”であった。

サキ「さーて、ひさしぶりのダンジョンね!」
ユーナ「そうだね〜、最近、変なクエストばかりだったから……」
サキ「ちゃっちゃっと準備しちゃうわよ!」
ユーナ「うんうん!」

 ユーナは荷物の中からカンテラを取り出し、火を点ける。サキは扉が閉まらないように楔を打ち込む作業に取り掛かった。

アッカス「あー……ぼくたちはどうすればいい?」
サキ「そうね、どちらか一人、ここに残ってくれるとありがたいわ」
アッカス「じゃあぼくが残ろう」
木こり「俺は今日他にやることがないから、詰所から食べ物と飲み物を運んでくる」
サキ「二人ともよろしくね〜。さぁ!私たちは探索開始よ!」
ユーナ「おー!」

 一通り準備が終わると、サキとユーナはカンテラを片手に真っ暗なダンジョンに足を踏み入れた。
 通路は広く、二人並んで歩くことができる。まっすぐではなく微妙に曲がっていて、見通しは良くなかった。

サキ「……ん?右の壁に何かあるわ」
ユーナ「スイッチ、かな?」

 サキが、右側の壁に不自然な突起を見つけた。壁に押し込むスイッチになっているようだ。

ユーナ「押してみる?」
サキ「止めといたほうがいいわね。何が起こるか分からないし」

 この手のスイッチを不用意に押すのは危険だ。トラップの可能性が高く、その場で何も起こらなくても遠くでアラームが鳴って魔物に気づかれることもある。
 スルーして進んでいると、今度はユーナが右の壁を指さした。

ユーナ「あそこ、鉄格子がある」
サキ「分岐してる脇道を塞いでるみたいね。開くかしら?」

 サキが両手で鉄格子を揺さぶってみたが、びくともしない。

サキ「あら?ここにもボタンが。……ポチッとな」
ユーナ「えぇっ!?こっちのボタンはあっさり押すの??」
サキ「こっちのは鉄格子を開けるためのものでしょ……たぶん」

 二人はしばし待ってみたが、サキの予想に反して何も起こらなかった。再び鉄格子を揺さぶっても開かない。

サキ「あはは……トラップだったりして」
ユーナ「はぁ〜。もういい、先に進もうよ」
サキ「ちょっと待ってユーナ、ここまでのマッピングをお願い」
ユーナ「あ、そうだね」

 ユーナは、ここまでの状況を紙に書きつけた。

だんじょんまっぷ
サキ「いつも思うんだけど、可愛らしいマップよね」
ユーナ「え、変かなぁ?」
サキ「いいんじゃない?他のハンターに結構人気あるみたいだし。そうだ、ダンジョンの名前どうする?」

 ギルド内のちょっとした決め事で、最初にダンジョンに挑んだハンターに、名前をつける権利が与えられることになっている。

ユーナ「んー……『マトバ山トンネル遺跡』で」
サキ「ストレートな名前なのね。でも、トンネルになってなかったどうするの?」
ユーナ「その時は名前を変えるよ〜」
サキ「まぁ間違いなく貫通しているとは思うけどね。じゃ、行くわよ」
ユーナ「うん」

 ゆるやかに曲がっている通路を歩くと、左右に細い脇道があった。
 ダンジョンの安全性を確認するのが目的なので、脇道も基本的に探索することになる。サキが覗き込んでみた感じでは、どちらも危険はなさそうだった。

サキ「右と左、どっちから行く?」
ユーナ「じゃあ……右!」
サキ「おっけー」

 軽いノリで決めると、二人は右側の脇道に入っていく。二人並ぶ横幅はないので、サキが先頭だ。
 少し進むと、開けた場所に出た。
 中央に、朽ちてボロボロになった大きなテーブル(らしきもの)がある。
 二人が入ってきた通路の他に、5ヶ所の分岐があったが……分岐と呼ぶのは正確ではないかもしれない。ユーナがカンテラで照らすと、それぞれが小部屋になっていることが分かった。
 二人で小部屋を探索すると、ベッド、テーブル、椅子、棚……などなど、生活感のあるものがたくさん置かれていた。大部屋の壁際にも、棚や樽、木箱の残骸があった。

ユーナ「ここで生活していたんだね……」
サキ「最近、生活の場として使われていたらしい遺跡が、あちこちで発見されてるみたいよ」

 旧世代人は、壁で囲まれた魔法都市の中で暮らしていた……というのが通説だったが、そうとも限らないらしい、という認識に変わりつつある。
 とはいえ、なぜ山の中や草原でレベルの低い暮らしを営んでいたのか、というのは謎だ。

 大部屋と小部屋をしばし探索した後で、ここには「特に何もない」ということが分かった。
 広い通路まで引き返して、そのままもう片方の脇道に入った。
 こちらも広い場所に通じて行き止まりとなっていた。色々な物の残骸があるのは変わらないが、量が多くて床を埋め尽くしている。倉庫として使われていたように見て取れた。

サキ「これは……もしかしたらお宝があるかも!」
ユーナ「頑張って探すよ〜」

 二人は樽の中を覗き込み。積み重なっている木箱を次々とこじ開けていく。
 すると……金属で補強された木箱から、お目当てのものが見つかった!

ユーナ「サキちゃん!これ!!武器がいっぱい!!」
サキ「おぉぉぉ!やるじゃないユーナ!コアが1,2,3……10個以上ありそうね!」

 見つかった武器は全て錆びたり朽ちたりしていて使い物にはなりそうになかった。しかし、埋め込まれていた「コア」は再利用できそうだ。
 ちなみにサキの剣に埋め込まれている小さなコアも、発掘された武器に埋め込まれていたものを取り外して再利用している。現世代ではコアを製造することは出来ないので、発掘されるコアは需要が高い。ユーナの杖のように強力な魔法を扱う武器は、極大のコアを含めてまるっと発掘品で、更に希少価値がある。

ユーナ「さすがに全部持っていくのは無理かも……」
サキ「何言ってるのよ、入り口まで往復して全部運び出すわよ」
ユーナ「そっか、アッカスさんたちもいるから、何とかなるよね!」

だんじょんまっぷ
 ユーナがここまでのマップを追加で描くと、二人は武器を入り口まで運び出す作業に取り掛かった。

 サキとユーナがダンジョンに入っていた後、アッカスは手頃な岩に腰を下ろして周囲に気を配っていた。
 この辺りの森には、オオカミや熊などの危険な野生生物はほぼいないので、最も警戒すべきなのはダンジョンの魔物だ。サキから「魔物が現れたら逃げてもいい」と言われていたが、女の子二人を危険な場所に送り出しておいて、自分だけ逃げ出すつもりは毛頭なかった。
 なので、ガサゴソという音がして扉の向こうの暗闇に二つの光が見えた瞬間、緊張した面持ちで使い慣れたハンドアックスを握りしめて立ち上がる。しかし、ダンジョンから現れたのは魔物ではなく、二人の少女だった。

サキ「ふぅ〜、思ったより大変だったわね〜」
ユーナ「はぁ……はぁ……だから2回に分けて運ぼうって言ったのに〜」

 二人は大きな木箱を片方ずつ持っていた。外に出るとその木箱をどさりと地面に置き、暗闇に慣れた目に眩しい日差しを手で遮る。

アッカス「中で何かあったのかい?その木箱は?」
サキ「ふっふー♪「お宝」よ!」
アッカス「これが?!確かに武器は貴重だけど……錆びてボロボロじゃないか」
ユーナ「後から“コア”だけ取り出すんだよ。ここに置いておくから、見張っててくれる?」
アッカス「分かった。街まで運ぶのも手伝おう」
サキ「助かるわ。私たちはダンジョン探索の続きがあるから」

 お宝の入った木箱の見張りをアッカスに頼んで、サキとユーナは再びダンジョンの中へと潜っていった。

 武器を持ち出した倉庫から更に奥へと進むと、またも左右に脇道が分岐していた。
 脇道を覗き込む前に、カンテラに照らされた状況を見て、サキとユーナは慌てて足を止める。そのまま、なるべく音を立てないように後ずさった。
 メインの通路の床も壁も天井も覆い尽くしていたのは……大きなスライムだった。

サキ「ダンジョンの定番が出たわね」
ユーナ「大きい!襲われるとやっかいだよ。こっちに気づいた様子はないけど……」

 スライムは炎が弱点だが、カンテラの油や携帯たいまつに火を点けて投げつけた程度では、この大きさの個体を仕留めるのは難しいだろう。

サキ「ユーナ、魔法をお願いするわ」
ユーナ「うん!『火走り』で全体的に燃やすのでいいかなぁ?」
サキ「さっきカンテラでちらっと見た時、向こうの壁に文様が見えた気がする。周囲にダメージを与えたくないわ。そうね……『ファイアボール』あたりでどう?」
ユーナ「りょーかいだよ〜!」

ファイアボール
ユーナ「リシュリア……パーム……セレモナフィ……」

 ユーナの詠唱が始まると、頭上に火の玉が形成され、徐々に大きくなっていく。カンテラとは比べ物にならないほどの強烈な光が周囲を照らした。
 スライムは感覚器――特に視覚と聴覚が弱いのだが、さすがにこれだけ派手だと気づかれてしまう。スライムの表面に触手が発生し、ユーナの方に伸ばされるのを見て、サキは剣の柄に手をかける。その瞬間、魔法が発動した!

ユーナ「ファイアー、ボール!!!」

 ユーナの頭と同じぐらいに大きくなった火球が、スライムに向かって射出された。

『ファイアボール』
 コントロールが効かず周囲を焼き尽くしてしまう……というイメージが先行する炎系の魔法だが、唯一ファイアボールだけは例外で、狙った場所に火の玉を射出してダメージを与える。代わりに火力がイマイチなので、体力のある魔物は倒せない場合も。また、狙った場所に打ち込んでも火は火なので、周囲に可燃物があれば延焼する可能性があることは覚えておくべきだろう。

 スライムから伸びた触手がユーナに届く前に、火の玉は本体に直撃した。
 ジュゥゥゥ……という、体液が蒸発した音を立てながら、スライムの体はどんどん縮んでゆく。最後に残ったのは、ねばついた死骸だけだった。

ユーナ「……ふぅ」
サキ「倒したみたいね」

 サキがスライム(だったゲル状の物体)に近づいて、反応がないことを確かめる。メイン通路はそこで行き止まりになっていて、サキとユーナが入った扉と同様の文様が刻まれていた。
 周囲の状況も、入り口付近とよく似ていた。壁のスイッチ,閉じられた鉄格子,侵入を阻む魔物……。
 ねばつくスライムの死骸を避けながら鉄格子とスイッチを調べたが、鉄格子は開かず、スイッチを押しても何の反応もなかった。もちろん、文様の刻まれた大扉も開かない。

ユーナ「どう見ても、“もう一方の入り口”にしか思えないけど……」
サキ「外側から鍵を開ける以外に、確認する方法がないわね」

 サキの言う通りなのだが、それをするには高価なマジックキーをもう一本入手しなければならない。今はどうにもならない問題だった。

サキ「残念だけど仕方ないわ。脇道の方を調べましょ」
ユーナ「そうだね〜」

 メインの通路が行き止まりになってしまったので、調べるのは脇道になる。まずは左側を選び、サキが先行していたのだが……十歩ぐらい進むと立ち止まった。

ユーナ「サキちゃん、どうしたの?」
サキ「…………こっちはヤバいわ」
ユーナ「え!?何かあった?」
サキ「今のところ特に何も無いけど、不穏な気配がする。引き返すわよ」
ユーナ「う、うん。サキちゃんがそういうなら、間違いないから」

 サキには危険察知能力があり、そのおかげで今まで何度も命拾いをしていた。その彼女が不穏な気配がするというのなら、何かあるのは間違いないだろう。
 分岐に戻った二人は、右の脇道に足を踏み入れた。
 先行するサキは無言だったが、今度はユーナがおかしな点に気づいた。

ユーナ「…………光が漏れてる」
サキ「こっちも何かあるわね。用心しないと」

 進行方向から光が漏れていて、進むにつれて明るさが増していった。通路は広間に繋がっていて、そこには、カンテラが必要ないほどの光で満たされていた。広間の中央には泉があり、床はレンガで整えられている。大きな水瓶を持った全裸の女性の彫像が泉のそばに立っていて、水瓶から少しずつ泉に水が流れ落ちていた。

サキ「何なの……この部屋……?」
ユーナ「これって……『回復の泉』!」
サキ「何それ!?」
ユーナ「女性ハンターの間で話題になってたんだけど、たまーに、ダンジョンとか塔の中にこんな感じの泉があるらしくて……生命エネルギーが溶け込んでるから、冒険の疲れが取れて美容にもいいんだって」
サキ「うそくさ……」
ユーナ「そんなこと言わないで、調べてみようよ〜」

全裸で水浴びする二人
 最初はおっかなびっくり手や顔を洗う二人だったが、泉の水が無害で、体力が回復する(ような気がする)ことが分かると、全裸になって泉に入った。

サキ「ん〜〜気持ちいいわ〜」
ユーナ「冷たくてほっとするよ〜」

 土埃の舞う真っ暗闇のダンジョンを、ずっと緊張しながら探索するというのは、それだけでとても大変で疲れる。加えて、今日は2体の魔物と戦闘して倒していた。
 明るい部屋と冷たい泉で、徐々に疲労が回復していく。しかし残念ながら時間制限があるので、ずっとここで休憩するわけにはいかないのだった。

サキ「さて、そろそろ上がるわよ」
ユーナ「だいぶ疲れが取れた気がする。あ、服着たらマップ描き足しておくね」
サキ「お願いね〜」

だんじょんまっぷ
 ユーナがマップを描いている隣で、サキはカンテラを点け直したり剣の刃こぼれをチェックしたりしていた。ゆっくりできるのはここまでで、サキが不穏な気配を感じた通路では、何が起こるか分からない。

ユーナ「できた!」
サキ「どれどれ……いい感じに描けてるわね」
ユーナ「ありがと〜。じゃあ、残るは左の通路だね!」
サキ「気を付けてかかるわよ」

 二人は武器を構えて慎重に脇道に踏み込む。少し進むと、扉があって行き止まりとなっていた。扉の手前で左側に分岐している。

サキ「扉を調べるか、分岐の方に進むか、だけど……」
ユーナ「扉を調べようよ〜」
サキ「そうね、放っておく理由も無いし」

 サキは早速扉を調べ始めた。かんぬきは掛かってるが、鍵穴は見当たらない。簡単に開きそうだ。
 力任せにかんぬきを引いた後、扉を引くとギギギと軋みながら動いた。ユーナが扉から離れ、サキが少しずつ開けてゆく。隙間から中を覗いて…………即座に、体当たりするかのような勢いで扉を閉めた。
 ドーンという音がダンジョンの通路に響き渡る。
 即座にサキはかんぬきを掛け直した。息が少し荒くなっている。

ユーナ「サキちゃん、どうしたの?中に何があったの?」
サキ「……ポイズンバイパー。うじゃうじゃいる」
ユーナ「うぇぇぇぇぇ〜……」

『ポイズンバイパー』
 その名の通り毒蛇の魔物。個々は普通生物のそれとほとんど違いは無いが、繁殖能力が桁違いで、供給される生命エネルギーをエサに、たとえダンジョンの奥深くであっても物凄い勢いで増殖する。ある意味、ゴーレムよりも厄介な魔物と言えるかもしれない。遺跡全体が縄張りとなっていると攻略は非常に困難になるが、そのように配置されるケースは稀で、大抵は閉鎖された狭いエリアに巣食って侵入者を阻んでいる。
 もし戦闘となった場合、一匹一匹を相手にしていると気の遠くなるような時間が必要となるため、火炎系もしくは氷結系の魔法でエリア内を一網打尽にするのが効果的だろう。

サキ「残念だけど、この部屋に踏み込むのは諦めるしかないわね」
ユーナ「そうだね〜、私の魔力も半分ぐらいしか残ってないし……」

 仮にユーナの魔力が十分だったとしても、狭いダンジョンの奥で高威力の火炎魔法を使えば酸欠で倒れてしまいかねない。二人は、左側に分岐している道を進むことにした。
 少し通路を進むとY字路となっていて、左右に分岐していた。

サキ「ユーナ、どっちがいいと思う?」
ユーナ「うーん……左、かな?」
サキ「じゃあ左で」

 判断材料が全くないので、てきとうに決めて、二人は左に進んだ。
 少し歩くと、ある地点を境に通路の様子がいきなり変わっていることに気づいた。それまで土や岩肌が露出していたのに、壁がレンガで整えられている。
 あからさまに不審だったので、足を止めてレンガの壁を観察する。

ユーナ「レンガとレンガの間に、隙間があるね」
サキ「そうね、こんなに隙間だらけなのは奇妙だわ」

 長い年月を放置された遺跡なので、レンガが崩れたり欠けたりしていてもおかしくはないのだが……どことなく不自然で、人為的な感じがする。
 サキは通路に落ちていた手頃な大きさの石を拾って、レンガ張りの方へと放り投げた。

シュシュシュシュシュ!…………キキキキキキキン!

 石が床に転がった瞬間、両側の壁のレンガの隙間から無数の針が射出され、向かいの壁に当たって床に落ちた。

サキ「……針に毒が塗られてるわね、確実に」
ユーナ「うわ……」
サキ「引き返すしかないわ。今の私たちでは無理よ」
ユーナ「うぅぅ……さっきサキちゃんがやったみたいに、石を投げながら進むとか……」
サキ「ダメよ。針がどこからどう飛んでくるのか分からない。危険すぎるわ」
ユーナ「はぁ……残念……」

 家計を預かるユーナとしては、より多くのお宝をゲットしたいという気持ちだ。しかし、無理をして高難度ミッションにチャレンジして、死んでしまっては元も子もない。
 二人はY字路の分岐点まで引き返し、次は右側の道を選んだ。
 右側の道はまっすぐに広間へと続いていた。そして――これはユーナにも分かるぐらいだったのだが――広間からあからさまに不穏な気配がする。
 広間の入り口に扉は無かった。二人は足音を殺して近づき、こっそりと中を覗き込む。するとそこには、見たことのない異形の魔物が、ガサガサと歩き回っていたのだった。

サキ(何、あの魔物?ユーナ知ってる?)
ユーナ(ええと……コカトリス、かな……本物だったら、だけど)

コカトリス
『コカトリス』
 その名を有名なものにしたのは、伝説の冒険家エイドル・クリスティンが試練の塔の最上階で激闘を繰り広げ、打倒したエピソードだろう。雄鶏と蛇を合成して巨大化させた、異形の魔物。奇怪な声で鳴きながら、毒々しい色のブレスを吐く。ブレスは麻痺,毒,石化,即死,等々の状態異常を引き起こすとされているが、実際にブレスを浴びたという報告は無い。この手の伝説級の魔物はレプリカ(劣化コピー)も多いため、そもそも実在を疑問視する意見もある。
 万一戦闘となった際には、エイドルがそうしたように、ブレスを吐く前に猛攻撃で倒すのが一番だ。

サキ(私たちには手に負えないわ。撤退するわよ)
ユーナ「えー……こんな所にいるのなんて、レプリカだと思うよ?何とか倒せないかな……)
サキ(レプリカだったとしてもピンキリだし、どんな性能か分からないわ。それに、もう時間が迫ってる)
ユーナ(……サキちゃんって、大胆なのか慎重なのか、時々分かんなくなる……)

 サキの言動に一貫性が乏しいのは確かだが、ダンジョン探索の疲れもあるし、外は夕暮れになっているだろう。ユーナも強く反対せず、二人は大きな通路まで引き返した。

ユーナ「忘れないうちに、マップに描き足しておくね」
サキ「ええ、それがいいわね」

だんじょんまっぷ
 ユーナが追加で描いたマップには、「不明」や「未解除」という文字が並んだ。状況不明を示す破線も多い。

サキ「……こんな感じで書かれると、ちょっと残念ね」
ユーナ「言い訳を書いても仕方ないからね〜」

 このマップを元にクエストとして登録されることになるので、事実だけを簡潔に書いておくのが無難だろう。
 ……もっとも、ユーナの描くマップは逆に余計な一言が追加されているので、可愛いとして評判なのだが。

 サキとユーナは、そのままダンジョンの入り口まで戻ってきて、外に出た。
 入り口のそばには、アッカスともう一人の木こりが座っていた。

サキ「戻ったわよー」
アッカス「おお、お疲れ様。遅くなってるから心配したよ」
サキ「……その割には、随分楽しんでたみたいだけど?」

 木こりたちのそばには、空になった酒瓶と、干し肉やピクルスなどのつまみが並べられている。

木こり「はっはっは!まあそう言わずに、お前たちも飲んで食っとけ。ダンジョンはもう終わりだろ?」
ユーナ「わぁ〜、いただきます!お腹ぺこぺこだよ〜」

 差し出された酒と水と干し肉とピクルス、そしてバゲットを、サキとユーナは軽く食べると、荷車(木こりが詰所から持ってきた)で武器の箱を運びながら帰路についた。

アッカス「……で、中はどんな感じだった?トンネルとして使えそうか?」
サキ「だいたいこんな感じ。材木を運ぶことはできそうだけど、もう少し調べないと」

 サキはアッカスに、ユーナが描いたマップを見せた。

マトバ山トンネル遺跡
アッカス「……思ってたより複雑だな」
ユーナ「向こうの魔法の扉は開けれてなくて、あと、こっちの通路は危険だから封鎖しとかなきゃだよ」

 サキとユーナがダンジョンの説明をしながら、4人は木こりの詰所へと夕暮れの森を歩いてゆく。
 大きく傾いた太陽が、木々の隙間から、暖かなオレンジの光を投げかけていた。

 その後のことは多く語る必要はないだろう。持ち帰った武器と、ユーナが描いたマップ、それに木こりギルドからの報奨金で、サキとユーナはまとまったお金を手にすることができ、トレジャーハンター廃業の危機はひとまず去った。
 もう片方の魔法の扉は後日問題なく解錠され、遺跡は材木を運ぶトンネルとして使われることになった。

 未踏破だった通路はクエストとして登録され、多くのハンターがチャレンジすることになるのだが――それは別の物語として語られるべきだろう。

おしまい

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